取材/文:新藤弘子(舞踊評論家) *バレエを始めた頃のことを教えてください。 姉が地元の教室でバレエを習っていて、母親について行ったとき「ぼくもやりたい」と言ったみたいです。男の子は自分のほかに1人か2人。小学校に入っても、やめようと思ったことはなかったので、たぶん楽しかったんだと思います。小、中学校にかけて部活はバスケットボールをやっていて、一時期バレエとバスケットのどちらをとるか迷ったこともあります。体力があまりないので、両方はきつくて。そのとき、バレエを選びました。 *ご家族もバレエがお好きなんですか? 母はピアノを教えていて、バレエもとても好きだったようです。大きくなってからですが、バレエ公演にも何回か連れていってもらいました。ぼくはバンドネオンの小松亮太さんが大好きで、小松さんの演奏するタンゴとバレエがコラボする公演を観に行った記憶があるんです。タンゴとかジャズとか、音楽はジャンルを問わず好きですね。学校やバレエの友だちと、カラオケでそのとき流行ってる歌を歌ったりして。ヒップホップとか、そういうダンスも好きで、学校の廊下で友だちと練習したりしてました。当時はただ遊びでやってただけですけど。 *東京バレエ学校に入ったのは? 高1からです。入学したら、男の子がたくさんいたのですごく刺激になりました。競い合ったり遊んだり、でもその時は、まだプロになろうとはっきりは決めていなくて。高3までの3年間いたんですが、同い年の友だちがバレエ団に入ろうと誘ってくれたんです。ちょうどその頃『ザ・カブキ』を観てすごく感動して、絶対にここに入ろうと決意しました。 *入団して、たいへんだったことは? ぼくは18歳で入団しましたが、同期の年齢はいろいろで、いちばん上の方は30歳くらい。話題もあまり合わないし、やっていることも幅広すぎて、この中でやっていけるのかなと、ちょっと不安になったこともありました。バレエ団の中の決まり事も全く知らなかったので、先輩に怒られたり教えていただいたりしながら、少しずつなじんでいきました。 *悩んだりやめたくなったりしたことはありましたか? それはしょっちゅうです。自分の動きや踊りに幻滅することもあるし、特に最初の頃はなかなか役につけなくて、アンダーばかりでしたし。他の人たちは個性があって、後輩でも早く役についたりすることがけっこうあるのに、ぼくは誰かがケガをした時のピンチヒッターみたいなことが多かった。自分は個性が「ない」ので、どうやったら役に入れるんだろうと悩んで、やめたくなったことはありました。 *踏みとどまった理由は? やっぱりバレエが好きだったし、負けず嫌いだから、というのもありますね。そこでやめたくない、もうちょっと頑張ろうと思って。そうしたら少しずつ、最初からキャストに入れることが多くなりました。先輩が大勢退団された時期があって、その頃からどんどんソリストの役が回ってくるようになりました。そうなればなったで、ソリストの踊りは難しいですから、うまく踊れなくて自信をなくしたり。常に悩んではいます。 *印象に残っている役はありますか? 自分が変わった時だな、と思うのが『くるみ割り人形』の猫のフェリックスです。小林十市さんに憧れていたので、直接教えていただけることになったのが、すごく嬉しかった。中国やギリシャの踊りなどで、それまでも教えていただくことはあったけれど、一対一でというのは初めてだったんです。それから『春の祭典』の生贄で、ジル・ロマンさんに教えていただけたのも印象深いです。初めてのリハーサルのとき、怖くて震えていたんですけど、思い切りぶつかっていこうと全力でやったら、意外に優しくて。もちろん厳しい部分もあるけど、こんなに優しく教えてもらえるんだって、びっくりしました。自分には個性がないと思っていたんですけど、続けていくうちに、逆に何にでも染まれるんじゃないかって思い始めて。だからいまは、与えていただいた役は全部、チャンスだと思ってやっています。 *『ドン・キホーテ』のガマーシュも面白かったです。 そういう役なので(笑)。こういう"はっちゃけた"役は、『ペトルーシュカ』の「お祭り好きの商人」以来ですね。ぼくは踊ることも好きだけど、演技するのも好きなんです。踊りはまずテクニックを成功させなきゃならないけど、演技がメインの役は、その心配をしないで自分をその役に変えることに集中できる。だから、ガマーシュやヒラリオンはすごく楽しいし、やりがいがあるんですよ。 *ワシーリエフさんの指導はいかがでしたか。 演技指導もかなりしていただきました。具体的な振付なしで突然、「こんな感じの演技をこの音でやってみて」みたいにいわれて焦りましたけど、自分で考えてやってみることもできるんだと気がつきました。それからいろんなところで自分で芝居を考えるようになりました。友佳理さん(ワシーリエフとともにこの作品の指導を行った現芸術監督・斎藤友佳理)も、「ワシーリエフさんは信頼してくれているから、思い切りやって」と言ってくださって。 *バジル役についての思いを聞かせてください。 まさかバジル役が来るとは思っていませんでした。踊ってみても最初のうちは「...やっぱ無理だわ」と(笑)。でも、踊っているうちにだんだん自分になじんできて、いまはけっこう楽しめるようになってきました。体力的にもきついけど、キトリのほうが出ているシーンが長いから大変だと思う。大きなリフトがたくさんあるのも難しいですね。片手を離したり、女性を投げてキャッチしたり、タイミングも合わなければいけないし。リフトで筋肉がついていくので特別なトレーニングはしていませんが、ぼく細いんで、いまさらですが、もう少し身体を鍛えなきゃと思ってます。 *パートナーの沖さんはどんな人? 何度も組んでいるだけあって、踊りやすいし、何でも言えるのがいいですね。ここはこうしたらいいんじゃないかとか、お互いに言い合って一緒に成長できるパートナーというか。練習中、ぼくは暗くなるタイプですが、彼女はとても明るくて、その明るさでひっぱっていってくれるので、組んでいると元気をもらえます。自分の中ではベストなパートナーだと思っています。 *ダンサーとしての将来については。 ぼくは条件もよくないし、基本もかなり欠けていると思うので、そういうところをどんどん改善して、できるだけきれいなラインを求めていければと思います。特にどの振付家の作品ということはなく、何でも来るものに挑戦していきたい。ただきれいに踊るような作品より、自分の感情で動ける作品が楽しいですね。ストーリーがあるのもいいし、振付の中に何か意味が込められているのもいい。自分に限界を感じることもありますけど、絶対にそれを越えられると信じてやっています。 *最後にプライベートなことを。気分転換は何を? 部屋で映画を観たり、本を読んだり。疲れるので、あまり外へは出かけません(笑)。いまはバレエでいっぱいいっぱいなので、他のことはあまり考えられないんですが、いろんなダンスをやってみたいですね。バレエだけじゃなくてヒップホップとか。踊りの幅が拡がるし。スポーツは観るよりやるほうが好き。バスケットはいつでもやりたいと思ってるんですが、時間がなくて。 スリムで上品なたたずまいが印象的な梅澤。2012年に踊ったベジャール振付『くるみ割り人形』の猫のフェリックスを皮切りに、注目の役を着実に自分のものにしてきた。特にこの2年間は、『ドン・キホーテ』のバジルとガマーシュ、『ロミオとジュリエット』のパリス、『ラ・バヤデール』のブロンズ像など、役柄の幅も一気に拡がった。神奈川県民ホールでのワシーリエフ版『ドン・キホーテ』主演は、首都圏のバレエ・ファンが心待ちにしていたといってもいいだろう。 インタビューの場では、物静かななかに、独特のユーモアや個性をのぞかせる。バスケットボールやヒップホップ・ダンス、ミステリーや映画が好き。自分を「人見知りで口べた」と評する梅澤だが、最近の舞台での豊かな表現や躍動感を見ると、そんなことは忘れてしまう。というより、このギャップの大きさこそが梅澤の個性なのだろう。2人のインタビューを通じて、沖との相性の良さも実感。まるで磁石の両極のような2人が巻き起こすセンセーションに期待したい。 photo:Kiyoniri Hasegawa
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