いよいよ2月7日(金)に開幕するベジャールの『くるみ割り人形』。上演に先立ち昨年12月、モーリス・ベジャール・バレエ団バレエマスターの小林十市さんによるトークショーが開催されました。ベジャール・バレエ団での日常や初演の際のエピソードなど、貴重な話が繰り広げられた当日の模様をレポートします。
モーリス・ベジャール・バレエ団での新しい日々
司会:小林十市さんがモーリス・ベジャール・バレエ団[以下BBL]のバレエマスターに就任して3シーズンが経ちました。再びバレエ団に戻ってみて、特に印象深かった出来事はありますか?
小林:バレエ団に戻ってから、僕がレッスンを受け持つことになった一番最初のツアーですね。二十数年ぶりにイタリアのトリノを訪れたのですが、昔の思い出が頭の中に甦って、"本当にベジャール・バレエ団に戻ってきたんだろうか"と、自分がバレエマスターとしてここにいることが不思議な感覚でした。ジル(・ロマン 元芸術監督)がオーケストラにテンポを指摘する時などに隣にいても、その光景を客観視している別の自分がいるんです。ベジャール・バレエ団の一員としてその場にいるのが、すごく不思議でした。
司会:芸術監督がカンパニーを16年間率いてきたジル・ロマン氏からジュリアン・ファヴロー氏に替わって、バレエ団の中にどんな変化がありますか?
小林:ベジャール・バレエ団のリハーサルは作品にもよりますが、ジル・ロマンが退任するまでは、僕やドミニコ・ルブレ、エリザベット・ロスが個々に指導したものをジルが総まとめする、というスタイルでした。今はジュリアン・ファヴロー(現芸術監督)が最終的に見るわけですが、シーズン始まった当初は、親をなくした子どもたちだけになっちゃったな、僕らでやっていかなきゃいけないんだな......と思いましたね。今は4人の指導者が情報を共有し、別々なことを言わないように気をつけながらリハーサルをまとめるようにしています。
司会:バレエマスターとしての十市さんの一日の仕事の流れを教えていただけますか。
小林: バレエ団に戻ってきてまず、デスクとパソコンをもらったんですよ。"いらないと思います"と言ったのですが、フランスのコンセルヴァトワールからの研修依頼などには、僕が返信をしないといけないんです。オーディションのメールを捌くのも僕の仕事。ですので、毎朝デスクワークから始まります。まずパソコンに向かってメールチェックをして、それからレッスンを指導する時は1時間くらい前からスタジオに入って準備します。レッスンが終わって日によって違いますが受け持つリハーサルがあればリハーサルへ。そして舞台がなければ夕方には終わります。舞台がある時は朝、レッスンして、劇場に行って当日のキャストの確認、場当たり、リハーサルを見て本番。本番は客席から見て、ジュリアンが踊る日は僕一人ですが、ジュリアンが踊らない日は一緒に見ます。
モーリス・ベジャールと創り上げた『くるみ割り人形』
司会:ここからは2月に東京バレエ団が上演するベジャールの『くるみ割り人形』について伺います。十市さんは初演の際にはメインキャストのネコのフェリックスを演じられました。
小林:1998年に最初に『くるみ割り人形』を創作した時、ベジャールさんがバレエ団の食堂にいた僕のところに来て、「十市、またネコなんだけど」と(笑)。思わず「またですか?」と言ってしまったんですよね。ベジャールさんは「うーん、他の動物では......」と考えながら行ってしまって。後日「犬とか色々考えたんだけど、やっぱりネコ」と言われ、「わかりました」となったのを覚えています。僕は『エレジー』と『Mr.C...チャップリン』という作品でネコの役を踊ってきて3回目だったのですが、ベジャールさんは「今回はちょっと雰囲気を変えて『ニーベルングの指輪』でジルがやったローゲ役の鬘をつけるんだよ」と。でもジルが僕が鬘を使うことを嫌がったらしく、結局地毛でやることになりました。地毛を固めて、その上からさらに赤いスプレーをかけるので髪が大変なことに。終わった後はシャンプー3回しないと落ちなくて(苦笑)
司会:パリのシャトレ座の公演で、急遽グラン・パ・ド・ドゥのヴァリエーションを踊ることになったと聞いています。
小林:パリでロングラン公演があったのですが、その初日か二日目にドメニコ・ルヴレがふくらはぎを痛め、ベジャールさんに「自分の好きなソロでいいから踊ってくれ」と言われました。どの振付で踊ろうかとかなり悩みました。クラシックのソロなのでごまかしがきかない。そのうえ、シャトレ座の舞台には微妙な傾斜があるんです。その時、指導にきていたメイナ・ギールグットさんが「もう一回やるんだったら余計なこと入れないでシンプルにやりなさい」と。最後のマネージュしている時に「これはしくじったかな」と思ったのですが、蓋を開けてみたらベジャールさんが映像に残す際に選んだのはこのバージョンでした。
工夫を加えて膨らませたフェリックスの役
司会:初演当時で印象に残っていることはおありですか?
小林:創り上げていく過程でベジャールさんから細かく演出された記憶は全くないですね。自分で状況を把握して創っていかないといけない。待機している時もそこにある椅子だったりスピーカーに登ったり、ネコとして割と自由に動いていましたが、それでOKでした。メイクも自分で考えてやっていました。今でも東京バレエ団に受け継がれています。ほかには後ろ足を尻尾に見立てるとか、目を見開いて一点を見続けるとかも工夫しました。ネコを観察して付け足した部分もありますね。M...役とフェリックスの掛け合いも決まり事はなく、毎公演ほぼアドリブでやっていました。
司会:初演から歳月を重ねて振り付けが変わった部分はありますか?
小林:ないですね。東京バレエ団ヴァージョンはキューピーさん(飯田宗孝)がいたのでアコーディオニストの部分が少し違いますが。ベジャール・バレエ団も2018年に再演した時はアコーディオニストの人を呼んで初演のまま上演したはずです。今回の東京バレエ団の公演ではキューピーさんの部分をオマージュとしてジルが踊ると聞いています。ジルはそのままはやらないかもしれないので楽しみな部分ではないでしょうか。あと、鐘が12回鳴る場面でフェリックスが横切る時に、一回ごとに客席の方を向いて舌を出しているんですが、あればベジャールさんが一回ごとに舌を出してくれと言ってそうなっていたのですが、ジルは知らなくて「えっ!そうなの?」と驚いていました。
司会: 他の役や装置にも色々なエピソードがありそうですね。
小林:ベジャールの『くるみ割り人形』のグラン・パ・ド・ドゥはプティパとイワーノフの原点に近いバージョンで、女性にはとてもハード。2000年の世界バレエフェスティバルでクリスティーヌ・ブランと東京バレエ団の木村和夫くんが踊った時にシルヴィ・ギエムが「私は絶対これは踊りたくない」と言ってました(笑)。あと、ベジャール・バレエ団のヴィーナス像、実はちょっとヒビが入っているところがあります(笑)。
今のダンサーに伝えていきたいこと
――――ここでトークイベントの来場者からの質問にも答えていただきました。
Q:光の天使は初演の際にどんなイメージで創作された役ですか?
小林:男性二人の拵えは、ベジャールさんが確かドイツだったかな?どこかのキャバレーの写真を持ってきて、こういう雰囲気でやりたいんだ、と、言っていたのを覚えています。
Q:録音のテープで練習、本番がオーケストラだと大変、とおっしゃっていましたが、どのように大変なのですか?
小林:そもそもベジャール・バレエ団はオーケストラで踊る機会がそう多くないので慣れていないんです。ずっとテープで踊ってきた音の流れで本番がオーケストラだと感覚が違ってしまうので、本番では音をよく聴くしかないですね。リハーサルではベジャールさんが客席から指揮者に、そこはもう少し速く......などとテンポを指示することもありました。
Q:大きな怪我をされたことがあるかと思いますが、どのようにメンテナンスされていますか?
小林:脚の小指を骨折したことがあります。あと、椎間板がないです(笑)。これまで体を酷使してきましたが、メンテナンスはほとんどしていません(笑)。ローザンヌではバレエ団にマッサージ師がいた時期があるのですが、リハーサルが終わる頃には帰ってしまい受けられない。置き鍼のテープが効くのは感じていて、今回の来日で鍼治療に行ってみたいと思っています。もう少し自分の体を労らないといけないのですが、好きな踊りの世界なのでそんなに苦ではないですね。
Q: ベジャールさんの指導はそんなに細かくなく、ある程度ダンサーに任されているとのお話でしたが、任されている部分は日々変えていくのでしょうか?
小林:変えます。ジルとの掛け合いもありましたし、今日は椅子の横、今日は椅子の上...と、踊っている合間の待っているポジションや場所も変えていましたし、何でも冒険させてくれて、役柄でいてくれさえすればOKでした。もちろんベジャールさんの解釈と違えば言われることもあります。指摘されたことはほとんどないですが。でもそれはベジャールさんがいたからこそできたんです。今のダンサーたちは変えられない。僕は今、ダンサーたちに"もし、そこのジャンプを変えたければ変えてもいいんだよ"と言っています。ダンサーの個性は各自違うので、作品の流れの中であれば、変えてもいい、と。でも変えるのはなかなか度胸がいりますしやる人はいませんね。初演の時はベジャールさんがいても、ジュリアン、エリザベット、ドメニコの4人とも解釈が違う時だってあったわけで、僕は今、そこを話し合いで埋めてダンサーたちが混乱しないようにベストを尽くしています。自分が踊ったものに関しては自分のこだわりがあるので、こうしてみたらどうだろう、ベースからこういうこともできる、ああいうこともできる、と自由度を増やすように教えていますが、難しいところですね。でも初演の映像を見返した時にベジャールさんがやろうとしていたこと、アイディアだったりが見えてくることがあるので、そこはジュリアンもそうですし僕も、今のダンサーたちを通して作品の中で生かせるように努力しています。
そんな多忙な毎日を過ごす小林十市さんは休日もバレエ団のことを考えることが多く、つかの間の楽しみはオフの日のツーリング。特にモントルーに行く湖沿いの道がお気に入りとのこと。
最後に「健康であれば舞台も観にいくことができるし、踊れるし、こうしてトークショーもできたりするので、皆さん体にはお気をつけて」と締め括った小林十市さん。新作が生まれ受け継がれていく過程に立ち会ってきた立場ならではの貴重なお話に、公演への期待がますます高まりました。
文:清水井朋子(ライター)
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