1960年代、モーリス・ベジャールは2度にわたるインドへの旅を契機として、かねたから関心のあったインド文化からその思想・芸術創造に大きな影響を受けた。『バクチ』(ヒンズー教で"親愛"を意味する)は影響を色濃く反映した、ヒンズー教をテーマとし、ヒンズー音楽を用いた。3つの挿話からなる作品である。
全体は3つのパートから成る。最初は古代叙事詩「ラーマーナヤ」で有名な、ヴィシュヌ神の化身ラーマとその妻シーターの踊りで、白の衣裳で踊られる。2つ目はヴィシュヌ神のもうひとつの化身、若さと美貌、音楽の神でもあるクリシュナとラダーの踊りで、黄色の衣裳で踊られる。そして3つ目が東京バレエ団のレパートリーとなっている、シヴァ神と妻シャクティの踊りで、赤の衣裳で踊られる。
「愛ゆえに崇拝者は神的なものと一体化し、己が神の伝説を毎回再体験する。その神には名前などなく、自分自身の至上の現実の一面に過ぎないのだ。(略)
シヴァはヒンズー教・三大神(ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ)の三番目の神である。破壊(とりわけ、幻想と人格の破壊)の神であり、同じく舞踊の神でもある。その妻シャクティは、シヴァが発散しシヴァへと戻ってゆく生命エネルギーに過ぎない。シヴァは静止したままであると同時に、永遠に動いているのである。」
(モーリス・ベジャール)