ベジャールの『くるみ割り人形』は、チャイコフスキーの音楽を用いながらも展開される世界は従来のものとは全く違っている。使われる曲もムーテによって編曲され、アコーディオンのオリジナル曲などが加えられている。ベジャール自身の言葉を借りれば、彼はこの作品で「自分自身の子供時代や、青春時代、仕事への目覚め、振付家の仕事がどんなものであるかを語ろうとした」のである。
主人公はベジャールの少年時代の分身であるビム。彼に大きな影響を与えた母親や好きだった芝居ごっこのこと、その際演じたメフィストのこと、バレエのレッスン、ボーイスカウトの体験など、さまざまな要素が散りばめられている自伝的作品である。なかでも母親への強い思慕が、舞台上に現れる巨大なヴィーナス像によって象徴され、ビムと母はその前で感動的なパ・ド・ドゥを踊る。また、"M..."と名づけられた、ビムの父であり、メフィストであり、マリウス・プティパでもある人物がビムを導き、第2幕の最後には彼のアナウンスによって古典と同じ振付のグラン・パ・ド・ドゥが披露されることから、観客はこの作品がクラシック・バレエへのオマージュでもあることを知るのである。