ベジャール振付『M』の上演にむけて -芸術監督 佐野志織スペシャル・インタビュー
三島由紀夫生誕100年という記念すべき節目の年である本年、東京バレエ団が5年ぶりに『M』を上演します。
『M』は偉大な振付家モーリス・ベジャールが東京バレエ団のために創作したオリジナルの全幕バレエ作品。抽象的で壮大なこの作品のクリエーションからダンサーとして携わり、1993年の初演舞台にも立った佐野志織(現 東京バレエ団芸術監督)が、作品を紐解き、その魅力を語ります。
―まず『M』が果たしてどのような作品なのかを監督から紐解いていただけますか?
三島由紀夫という人物を核にして、モーリス・ベジャールさんがバレエとして作り上げたのが『M』です。東京バレエ団のためにベジャールさんが『ザ・カブキ』に続き、1993年に振り付けてくださいました。「M」は三島の頭文字でもありますが、ベジャールさんは、Mer(海)、変容(Métamorphose)、死(Mort)、神秘(Mystère)、神話(Mythologie)など、「M」から想像されるさまざまなイメージに展開し、三島の生涯をバレエ作品に昇華させました。
具体的には、三島自身の複雑なキャラクターを4人のダンサーで表現。そこに彼の生い立ちや死生観、思想、聖セバスチャンに象徴される理想像、『禁色』や『金閣寺』などの作品が、コラージュのようなダンスシーンとして展開されます。三島由紀夫の象徴的なイメージが、ベジャールさんにより視覚化され、ダンスとして具現化した作品といえます。

―東京バレエ団にはベジャール作品が数多くあります。なかでも『M』、先日公演された『ザ・カブキ』は、完全オリジナル作品です。東京バレエ団にとって『M』は、どのような位置づけになるのでしょうか?
東京バレエ団オリジナルのベジャール作品としては『ザ・カブキ』が先にありました。『ザ・カブキ』は物語性のある展開でしたので、ストーリーを通じてダンサーたちはベジャールさんの「踊りの語彙」を身に着けることができました。次なる作品『M』に取り組む背景として、バレエ団のダンサーたちの身体能力や技術の向上とともに、『ザ・カブキ』に続き、『火の鳥』『春の祭典』といったベジャール作品を踊っていたことも重要だったと思います。作品を通じて、ベジャールさんが東京バレエ団のダンサーのことをよくわかってくださり、ダンサーたちもベジャール作品を深く理解する段階に達していたのです。『M』という抽象的なプログラムに取り組めたのも、そんなタイミングだったからこそ。この作品で、ダンサーとしてもバレエ団としても、さらに次の段階に進むことができたのではないかと思います。『M』はわかりやすい物語ではないので、それぞれが「感じて」「考えて」取り組まないと舞台として成立しない。そういう意味で『M』はダンサーの成長を促す作品といえます。
―初演時、鹿鳴館の円舞曲を踊られました。その時の思い出を聞かせてください。
とにかく現場は熱気に包まれていましたね。小林十市君(現モーリス・ベジャール・バレエ団バレエ・マスター、初演時には「シ(死)」役で特別参加)や高岸直樹君など、主役ともいえる「イチ」「ニ」「サン」「シ(死)」を踊る4人は互いを刺激し合い、さらにベジャールさんがダンサーたちに触発されて作品を作り上げていく様子は忘れられません。「海上の月」という母性が投影されたような役がベジャールさんの中から生まれてくる瞬間をみることもできましたし、初演で少年を演じた増田豪君の大人顔負けの演技に、私たちも頑張らなくちゃと、奮い立ったこともありました。当時は、バレエ団のスタジオが狭かったので、近くの小学校の体育館を借りて練習したこともよい思い出です。

―いまは出演される側から指導者の立場に変わられました。
自分が踊ったものだけでなく、ベジャールさんの創作の現場で見て感じてきたものを伝えたいと思っています。ベジャールさんの振付はもとより、目に見えるだけではない各シーンの背景にあるものを、ダンサーと一緒に掘り下げていきたいと思います。振付をなぞるだけでなく、一人ひとりが深く思考しながら、共に舞台を作り上げていきたいですね。
―今年は三島生誕100年にあたります。
初演のときは、三島由紀夫の書籍や映画がまだあり、三島の世界観が漂っていました。でも、いまのダンサーたちのなかには1冊も読んだことがない者も。『M』に反映されているものだけでもいいので、三島の作品を読んでから取り組んでもらいたいと思っています。読んで、思考して、掘り下げることで、より説得力が生まれてくると思いますので。そういう意味でも『M』は、ダンサー自身の演技、表現性がより要求される作品だと思います。
―今公演のダンサーについて教えて下さい。
今回は、大塚卓が初役「聖セバスチャン」を踊ります。三島が憧れたというグイド・レーニの絵画『聖セバスチャンの殉教』のように、官能的な部分が必要な役です。とても真面目に取り組む人なので、今回もいろいろ研究してくるのではと思っています。今までみたことのないような一面を見せてくれたら、と期待しています。
また、長谷川琴音が初めて「海上の月」を踊ります。彼女の持っているおおらかさ、たおやかさを活かして、これまでとちょっと違う「月」が生まれるとよいと思っています。

主要なキャストに関しては、「イチ」を柄本弾が踊ります。私自身、彼を信頼していますし、テクニックはもちろんのこと、表現者として積み重ねてきた厚みがあるので、ぜひ注目していただきたいですね。
「ニ」は宮川新大ですが、彼は身体表現でみせていくタイプ。このところ『ザ・カブキ』の由良助や『ジゼル』のアルブレヒトなど演劇的な作品で、重みのある役を経験し、一番脂がのっている状態だと思います。
「サン」の生方隆之介は、若手でとても貪欲、しかも抜群のテクニックを持っています。同時に繊細な内面もあるので、本番ではそのエネルギーを爆発させて、カンフル剤のように、舞台に刺激を与えてくれるでしょう。
「シ(死)」の池本祥真は、容姿としても踊りの質としても、この役によく合っていると思っています。彼は普段、内面をあまり出さないタイプですが、ぐっと秘めたものを持っているダンサーです。前回公演から5年の歳月を経て成長した部分を、複雑なキャラクターの表現に活かしてくれたら、と思っています。

―最後に今回の『M』の見どころ、バレエ団の意気込みについて教えてください。
初演から30年あまり経っていますが、とても魅力的な作品です。抽象的な作品でもありますが、「海」や「楯の会」のシーン、男性の群舞など、感情を揺さぶるシーンが散りばめられています。ダンサーたちの息遣いやエネルギーを感じ取っていただけたらと思います。
いま、東京バレエ団はダンサー一人ひとりがとても充実してきています。バレエ団としてもエネルギーに満ちていますので、『M』という繊細であり、表現力を問われる作品に向かって一致団結し、さらに深みのある舞台にすることができればと願っています。
取材・文/富川匡子(emu)
