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レポート2023/10/11

「かぐや姫」第3幕 公開リハーサル レポート
 全幕世界初演までいよいよ2週間を切った「かぐや姫」。10月6日(金)に行われたプレス向けの公開リハーサルで、今回初お目見えとなる第3幕が披露されました。その様子をバレエライターの齊藤希史子さんにレポートしていただきました。


「白」のカタストロフィー

 新月が半月に太り、やがて満月となるように、1幕ごとに披露されてきた「かぐや姫」がこの秋、ついにその全貌を現す。2年7カ月に及んだ制作も大詰めだ。独特の高揚感をたたえる東京バレエ団のスタジオでこのほど、第3幕のリハーサル見学会が開かれた。

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 「OK、いきましょうか」
 演出・振付の金森穣の声がスタジオに響く。ドビュッシー「ビリティスの歌」より第7曲「無名の墓」が流れる中、力なく横たわり虚空を見つめるかぐや姫・秋山瑛。しんしんと降る雪を眺めているのだろうか。姫がうつむき、眠りに落ちると、光の精たちが走り込んでくる。古典作品「ドン・キホーテ」などでおなじみの「夢の場面」だが、ここではどこかまがまがしい。初恋相手の道児・柄本弾や帝・大塚卓、4人の大臣ら、姫を取り巻く男たちが次々に現れては、光の精に絡め取られていく。

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 悪夢から覚めても、かぐや姫の現実は厳しい。養い親の翁に、大臣のいずれかを選んで嫁ぐように命じられる。左手の薬指を指して「結婚」を示すなど、翁役・木村和夫の古式ゆかしいマイムが、かえって新鮮に映った。いちはやく豪華な結納品を手に入れて姫の歓心を買おうと、走り去る大臣たち。

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 帝が登場し、かぐや姫に思いの丈をぶつける。「子供の領分」から第4曲「雪は踊っている」が使われているのは、冬の景にふさわしい。当初は構想になかったが、演者の個性に触発されて加えられたというこのパ・ド・ドゥ。孤独を分かち合いながらも縮まることのない両者の距離感を、秋山と大塚が痛切に描き出していく。帝は断腸の思いで、かぐや姫を手放す。

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 ところが里では、結納品を探す大臣らが竹やぶを荒らし、民の怒りを買っていた。小競り合いはやがて、太刀を振るう都人と鎌を手にした村人の全面戦争に発展する。帝の正室の影姫・沖香菜子をはじめ宮女らも駆け付ける中、なすすべもなく立ち尽くすかぐや姫......。牧歌的な原作からは想像もつかない、怒濤のごときカタストロフィー(破局)だ。

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 「月への帰還というSF的な大団円を、どう演出するのか」。『かぐや姫』、すなわち日本最古の小説『竹取物語』の舞台化が報じられた時から、観客の誰もが想像を巡らしてきたに違いない場面だ。本拠・Noismで数々の「劇的舞踊」を手掛けてきた金森の手腕が、ここで最大限に発揮される。本番を前に詳述は控えるが、極めて幻想的かつ切ない幕切れが用意されている、とだけ予告しておこう。「最後はこの音楽と、初めから決めていた」というピアノ独奏曲「夢想」が、物語を静かに結んでいく。かぐや姫が月へと帰り、全てが終わると、かたずをのんで見守っていたこちらも、ふと長い夢から覚めたような心地になった。

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 命が萌え出る春の景色から始まった「かぐや姫」。第1幕では、大海原や竹やぶの緑が輝いていた。秋を迎えた第2幕は、紅葉のように赤い装置が、道児と引き離されて宮中に送り込まれたかぐや姫の血の涙を連想させた。では第3幕は? 金森によると「白」だ。古典全幕作品に必須のバレエ・ブラン(白の場面)が、雪に託されて展開されるのである。純白は浄化の象徴だが、かぐや姫は彼女を愛する人々によって傷つけられ、とことん嘆き悲しんでいる。彼女をこの世につなぎ留めていた道児との恋さえも、淡雪のように消えてしまうのだ。21世紀のバレエ・ブランはほろ苦く、凄絶な美しさに満ちている。

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 白の世界で暗躍する黒衣(くろご)たちも、第3幕の白眉と言えるだろう。慟哭するかぐや姫をいざなう一方、翁のさもしい煩悩を操っているようでもある彼ら。確かにそこにいて、重要な役割を負っていながら、「いないことになっている」存在。黒衣たちこそが、影の主役なのかもしれない。登場人物の痛みを降りしきる白雪が覆い、黒衣たちの暗躍を月光が照らす......。実に日本的な様式美が、終幕を飾っている。

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 「かぐや姫は地球に何を残したのか」。制作中の振付家に対し、繰り返し発されてきた問いである。その度に「答えを見せるというよりは、ご覧くださる方々の中に、問い自体を残したい」と語ってきた金森。全幕初演の幕が開き、舞台上で四季が巡って物語が閉じた時、そこにはどんな問いが残るのだろうか。(敬称略)



取材・文 齊藤希史子(バレエライター)
photos: Shoko Matsuhashi


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