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2024/06/03

【特別寄稿】クランコ版「ロミオとジュリエット」の魅力、あるいは"萌え"どころ

今週金曜日から後半の公演が始まる「ロミオとジュリエット」は、振付家クランコ独特の、温かく血の通った、心をくすぐるような演出が大きな魅力のひとつ。クランコ版が一番好きという、WEBメディア「バレエチャンネル」編集長の阿部さや子さんに、その"萌え"ポイントを中心に魅力を語ってもらいました。

* * *

私は現在51歳。14歳になる少し手前だったというジュリエットの年齢を通り過ぎてから、もう37年も経ってしまった。

それでもいちばん好きなバレエ作品は、ずっと変わらず『ロミオとジュリエット』だ。
どのくらい好きかというと、イタリアはヴェローナの観光名所「ジュリエットの家」を訪れ、世界中から集まった観光客が見上げるバルコニーで、ひとり"ジュリエットごっこ"をやってみたくらいである。

さまざまな演出版の『ロミジュリ』を観てきた。
好きなのはケネス・マクミラン版やフレンチ・ミュージカルのジェラール・プレスギュルヴィック版、そして「いちばん好きな版は?」と聞かれたら、答えはいつも「ジョン・クランコ版」である。

なぜ、クランコ版なのか。
これまで数多のダンサーたちが舞台や取材を通して教えてくれたことを交えつつ、「だから私はクランコ版が好き」と思うポイントを、5つに絞って挙げてみたい。

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\Point 1/
三馬鹿トリオは「トゥール・アン・レール」を跳びまくる

ロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオ。この親友3人組のことを、バレエファンは親しみを込めて「三馬鹿トリオ」と呼ぶ。第1幕第3場、これから宿敵キャピュレット家の舞踏会に忍び込むぞ〜という場面で、愛すべき三馬鹿はいかにもやんちゃなパ・ド・トロワ(3人の踊り)を踊りだす。両腕をゆらゆらさせる愉快な動きと共に印象に残るのは、3人がこれでもかというほど跳びまくる「トゥール・アン・レール」。これは助走もなしに跳び上がり、空中でくるくるっと回転するスゴい技。このテクニックが他の作品ではちょっと見ないくらい連発されるので、ある時舞台を観ながら回数を数えてみた。結果はロミオとベンヴォーリオが15回(ダブル(空中で2回転)12回、シングル3回)ずつ、マキューシオは17回(ダブル14回、シングル3回)。この場面が楽しければ楽しいほど、後に起こる出来事が悲しくなるのはわかっている。それでも37年くらい前のあの頃に、教室や校庭でふざけ合っていた男子たちみたいな三馬鹿トリオを見ると、つい笑顔になってしまうのだ。

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\Point 2/
ロミオは瞬間湯沸かし器のように夢中になり、ジュリエットは薪を焚くように引かれていく

三馬鹿が紛れ込んだ舞踏会で、美女ロザリンドを追いかけていたはずのロミオの視線がいつジュリエットの姿をとらえるのか。その視線にジュリエットはどう気づくのか。ふたりの運命が動き出すこのくだりは、周囲のダンサーたちの細かい演技も見逃せず、じつに目が忙しい。ロミオやジュリエットの表情をオペラグラスでガン見したいけど、そうすると周りが見えないし......そんな葛藤も演劇的バレエを観る醍醐味である。

ロミオはジュリエットを見初めた瞬間からグイグイ距離を詰めていく。ジュリエットはトウシューズのつま先でトコトコトコトコトコ......と可愛らしく後退りしつつ、彼への好奇心が徐々に好意に変わっていく。男性は瞬間湯沸かし器のように恋に落ち、女性は薪で湯を沸かすようにゆっくり好きになっていくという恋愛の真理が学べる(?)場面である。

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\Point 3/
恋が愛に変わる「バルコニーのパ・ド・ドゥ」からのクランコ版名物「懸垂キス」

「パ・ド・ドゥとは感情の変化を描くもの。それを踊る前と踊った後ではふたりの関係が変化しているべき」と考えていたというクランコ。第1幕を締めくくる「バルコニーのパ・ド・ドゥ」はまさに、出会ったばかりのふたりが永遠の愛を誓い合うまでに変化していくさまを、鮮やかに伝えてくれる。

この場面はまず冒頭に萌えがある。演劇やミュージカルではロミオがバルコニーをよじ登って恋人たちの語らいが始まるが、バレエの場合バルコニーの上では踊れないので、ジュリエットが下に降りてくることになる。その降り方が大事な見どころで、例えばマクミラン版のジュリエットは、バルコニーに添えられた大きな階段をみずからの足でターッと駆け降りてくる。いっぽうクランコ版はどうかというと、バルコニーの上にちょこんと座ったジュリエットを、ロミオが抱っこして下に下ろす。ものすごく可愛いくて甘酸っぱい。

そこから始まる約8分間のパ・ド・ドゥのなかで、年上のロミオはどんどん少年になっていき、年下のジュリエットは大人の女性の表情を見せ始める。印象的なのは後半、ジュリエットがロミオを膝枕するところ。少し躊躇いながら、でも愛おしそうにロミオの髪をそっと撫でるジュリエットに、胸がいっぱいになる。

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そして「一緒に出かけよう!」と駆け出す彼に対して、「もう部屋に戻らなくちゃ」と分別を見せる視線の演技。ロミオは再びジュリエットを抱っこしてバルコニーの上に帰して、幕。......となる前に、クランコ版ファンが全神経を集中させる瞬間がやってくる。バルコニーから降りようと両腕でぶら下がったロミオが、「やっぱりもう一度!」と言わんばかりにグググとその身を持ち上げて、ジュリエットにキスをするのである。通称「懸垂キス」。ここまで情熱的に踊り続け、リフトもし続けてきたロミオ役のダンサーはもう体力的にギリギリで、上腕二頭筋もパンパンなのだという。そこからの懸垂。だからこそ最高にドラマティック。ダンサーとクランコへの感謝とリスペクトを胸に、今後も堪能させていただきます。

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\Point 4/
ふたりで迎える最初で最後の朝。ロミオがジュリエットの髪に触れる、その仕草に注目を

僧ローレンスのもと、密やかな結婚式を挙げたふたり。人生でいちばん幸せだったその日に起こる、まさかの悲劇......ヴェローナ追放の身となったロミオは、ジュリエットと初めての朝を迎える。妻を胸に抱くようにしてベッドに横たわったまま、彼は眠っている彼女の長い髪をくるくると指に絡める。この時代、結婚した女性は人前では髪を隠さねばならず、つまりその髪に触れられるのは夫の特権なのだと聞いたことがある。しかしそうした事情を超えて、愛する人の髪に触れた時、あるいは愛する人が髪に触れてくれた時に胸に広がる感情は、きっと古今東西普遍のものだ。その幸福のかけがえのなさや切なさを、「髪を指に絡める」という小さな動作ひとつで実感させてくれるのが、このクランコ版なのである。

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そっと立ち去ろうとするロミオの気配に気付いて目覚めたジュリエットは、「鳴いている鳥は雲雀ではなくナイチンゲール。まだ夜は明けていないわ」とカーテンを引く。そして別れのパ・ド・ドゥ。最後にロミオは後ろからジュリエットの手を取って目隠しをさせ、彼女が目をふさいでいる間に出ていってしまう。その愛おしい髪に、さよならの口づけをして。

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\Point 5/
愛したように死んでいく。涙腺崩壊確率100%のラストシーン

仮死状態のジュリエットが眠る墓所に、ロミオが疾風のように駆け込んでくる。舞台奥に設えられた高い橋の欄干にマントを引っ掛け、それをつたって降りてくるレスキュー隊みたいな侵入の仕方もとてもいい。ひと足先にジュリエットの死を悼んでいたパリスをもはや躊躇うことなく刺し殺すと、抱きしめてももう抱きしめ返してはくれない彼女の亡骸(と思い込んでいる)のそばで、ロミオはあっという間に自刃する。かつてシュツットガルト・バレエ団のフリーデマン・フォーゲルが、「ロミオは5分先の未来しか見ていない」と話してくれたことがある。だとすれば死に急ぐこのスピード感もまた、とてもロミオらしいと言えるだろう。最期の力を振り絞り、ロミオはジュリエットを胸に抱くようにして横たわる。そして彼女の髪を指ですくう。あの、初めての朝のように。

ジュリエットの目覚め。ここにもクランコ版の推しポイントがある。隣にロミオがいると気づいた時、ほんの一瞬だけ、ジュリエットが喜ぶところだ。例えばマクミラン版の場合、ジュリエットはロミオに気づく前にパリスの死体を見る。だから倒れているロミオを見つけた時、彼女は瞬時に「死んでいる」と理解するのだと、過去の取材で教わった。その演出の説得力にも唸らされるけれど、ジュリエットはロミオが迎えに来てくれると信じて薬を飲んだのだ。だから瞬間的に「ロミオ、来てくれたのね!」と喜ぶジュリエットを見ると、どうしても泣けてくる。しかもその喜びは、数秒後には絶望に変わってしまうのだから。

ポタポタとこぼれ落ちる涙をぬぐうひまもなく、オペラグラス上げっぱなしのエンディング。最後の最後がどう描かれるかはぜひ劇場でご覧いただくとして、ジュリエットもまた、ロミオを愛おしんだあの時と同じように人生を終えるということだけ、お伝えしておこう。

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阿部さや子 WEBメディア「バレエチャンネル」編集長

photos: Shoko Matsuhashi

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