「Beautiful!」「Lovely!」と、ボーン氏による柔らかな声がスタジオに響いたのは、最初におこなわれた秋山瑛と大塚卓によるリハーサルです。
舞踏会で初めて出会い、惹かれ合ったふたりが互いの気持ちを交わすシーンから、バルコニーの場面、ジュリエットの寝室での別れの朝、そして墓場でのラストシーンまで、パ・ド・ドゥを順に踊っていきます。初演キャストの秋山はまさに全身全霊を打ち込むような踊り! 彼女につられるように、初役である大塚の集中力も増し、ふたりの情熱がぶつかり合います。
"ロミジュリ"におけるパ・ド・ドゥといえば、心情を表す複雑な振付が特徴。ボーン氏はふたりの演技について「何も言うことがないほど美しい」と言いながら、振付で定められたタイミングを丁寧に教えていきます。たとえば、ジュテ・マネージュで切り替える位置、ジュリエットを肩に乗せるタイミング、細かなブレの音の取り方など、どの音で何をするかが曖昧にならないように、カウントを取りながら指導される様子が印象的でした 。
秋山瑛(ジュリエット)と大塚卓(ロミオ)
photo: Shoko Matsuhashi
指導によって踊りに変化があったのは墓場でのラストシーン。仮死状態のジュリエットを相手に踊る難しさに戸惑う大塚に対して、ボーン氏は手の取り方や、肩に手を回すタイミングまで細かく指導していきます。彼女のアドバイス通りにすると、ジュリエット(秋山)は観客にはわからない程度に力を入れて身を起こしやすくなり、実に自然に見えるのです。
物語バレエである"ロミジュリ"では、観客が一瞬でもリアルを感じて醒めてしまうと物語から離れてしまいます。音もタイミングも位置も含めてすべてが細かく定められることで、ダンサーはかえってスムーズに感情を表現しやすくなり、かつ観客にも自然に見える工夫がなされているのだと感じられました。
続いておこなわれたのは、1幕の舞踏会のシーン。一部は本番用の衣裳をはおり、スタジオの照明でもその色合いや光沢、織り込まれた模様の美しさが光ります。女性の客人役はおそろいのリハーサル用スカートを身につけることで、ふわりと大きく広がるドレスでの歩き方や身のこなし方を習得します。
客人たちが舞踏会場に入ってくるシーンは何度も中断しながら、ボーン氏から歩き出しのタイミングや歩き方への指導が入りました。男性には「もっと足を踏み鳴らして!」と、そばについて歩きながら何度も教える一幕も。
とくに記憶に残ったのが、舞踏会が終わって客人たちが帰る場面で、ボーン氏が「あなたたちは舞踏会でとてもドラマティックな夜を過ごして、疲れて帰るところですよ」と告げた言葉です。
確かに、その夜の客人たちはさんざん踊って飲み、加えてロミオたちの乱入でザワザワした雰囲気もあって、かなり疲れているはず。大勢で歩くだけでも、入場のときと帰るときとでは歩き方に微妙な差があるほうが自然でしょう。そういったコール・ド・バレエの細かな違いが、物語性をさらに厚みのあるものにしていくのだと感じます。
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最後におこなわれたのは、2幕の決闘の場面です。ティボルトとの決闘によってマキューシオが死に、取り乱したロミオがティボルトを殺し、キャピュレット夫人が嘆き悲しむ......という非常に緊迫感のあるシーンを、2キャストでリハーサルしていきました。
ボーン氏の細かな指導が入ったのが、ティボルトがマキューシオの剣を奪って放り投げるシーン。放り投げる位置を上手のダウンステージ(前寄り)側に変更するように伝えると、ティボルトの安村圭太が巧みに剣をすくい上げ、遠くに放り投げます。剣を落とす位置が変わるだけで、舞台上のダンサーも観客も視線が剣に集まり、一瞬にして物語がシリアスなシーンに切り替わり、劇的な効果を生み出しました。
また、もう1組のキャストのときは、 ティボルトの存在に気づく際のマキューシオ(生方隆之介)の立ち位置も修正。どこにどの向きで立ち、いつ気づいて見つめるかで、ふたりの関係性や心理的な距離感がぐっと明確になり、次の動きにつながりやすくなるのがわかります。
ふたりの決闘を見守るカーニバルダンサーやジプシーたちの演技にも、細かい指導が入ります。激怒するティボルトのまわりを走るダンサーたちに、「もっと全速力で走らないと殺されちゃうわよ!」と笑うボーン氏。
また、嘆き悲しむキャピュレット夫人のリハーサルシーンで、ほかのダンサーが入るタイミングのミスで演技を止めた奈良春夏に対して「何があってもあなたはそのまま、ドラマティックに演技を続けていいのよ」と声をかけ、彼女の表現に信頼を寄せている様子がうかがえました。
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足立真里亜(ジュリエット)
photo: Shoko Matsuhashi
リハーサルはトータル4時間半続きましたが、ボーン氏は何度も立ち上がり、ダンサーと一緒に動きながらアドバイスをするなど、パワフルな指導をしてくださいました。彼女による修正をひとつずつ取り入れることで、ダンサーたちの表現にもさらに深みが増したのが印象的です。
本番までの間にリハーサルを重ね、ダンサーたちの踊りはさらに磨かれていくことでしょう。
今回は3キャストに加え、マキューシオやティボルト、キャピュレット公や夫人などの組み合わせもさまざまなので、日によってはガラリと違う雰囲気になることも期待されます。
本番まであと少し! どうぞ楽しみにお待ちください。
取材・文=富永明子(編集者・ライター)