レポート2024/09/30
来月のモーリス・ベジャール振付「ザ・カブキ」上演に向けて、この9月24日、日本舞踊の花柳流家元の花柳壽輔氏と助手の花柳源九郎氏が所作指導のため東京バレエ団スタジオを訪れました。
『仮名手本忠臣蔵』を題材とした「ザ・カブキ」は、バレエでありながら、日本の伝統芸能である歌舞伎の演出から多くの要素が使われ、これを演じるダンサーは日本舞踊の所作の修得が欠かせません。初演の際に故 二代目花柳壽應氏(当時、芳次郎)がベジャールの傍らでクリエーションに携わり、ダンサーたちの所作指導も行ったご縁から、東京バレエ団では上演のたび、花柳流の方々から所作の指導を受けています。
この日はまず基本の"摺り足"などの歩き方のおさらいに始まり、全編を通しながら場面ごとの動きや演技に沿った指導を受けていきました。
第七場 "一力茶屋" 由良之助と遊女の場面より。
第七場 "一力茶屋" 遊女たちに扇の使い方を指導。
最終場である第九場"討ち入り"の後半は、黛敏郎の「涅槃交響曲」にのせた、由良之助と、塩冶家の元家臣である四十七士の切腹の場面です。その冒頭では、討ち入りの始めと同様に、47人が左右の舞台袖から中央に走り込んできて、由良之助を筆頭に三角形に整列します。
「動きが形式的にならないように、自分の心の中に設定をつくってください。登場のところから、おのおのが想いを持って。最後のポーズだけ気持ちがこもっていても動きに繋がりません」と花柳壽輔氏。
第九場 討ち入りの後半、「涅槃交響曲」にのせた場面。
由良之助の抜刀の"振り"を合図に四十七士が動き出し、再び三角形に整列して切腹に臨むシーンでは、
「動きが"無"になってしまってはだめ、日本舞踊でいう"息"が必要です。振りにメッセージを込めてください」
「切腹してお腹を刺したとき、客席に目線がいかないと群(ぐん)になりません。日本舞踊では、個がたたないと群にならないと言います。全体が立体的に見えるように、目力を残して、ここでもメッセージ性を意識してください。四十七士が気迫を出すと由良之助が立ってくる。刀をおさめて座るときも、"よし!"などのメッセージを込めた目線をお客様に残してください」(花柳壽輔氏)。
形をなぞるだけではけっして成しえない"和"の所作と演技は、このような専門的な指導を受けることの積み重ねで達成されるのです。
めぐろバレエ祭り2024/09/12
8月後半になっても30℃を超える暑い日が続いていましたが、都立大学駅からめぐろパーシモンホールに向かう人々の足取りは軽やか。なかにはチュールスカートを身につけたお子さんや、浴衣姿の方々もいて、浮き立つような足取りから「バレエ祭りが始まる!」というワクワクした雰囲気が伝わってきました。
今年(2024年)も8月20日~25日までの5日間、「めぐろバレエ祭り」が開催されました。5日間で延べ10,995人以上が集まり、大盛況となった本イベントの最終日の様子をレポートします!
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朝9時半から、大ホールでは東京バレエ団のダンサーによる公開レッスンがおこなわれました。この日の先生は、元シュツットガルト・バレエ団プリンシパルのローラン・フォーゲル氏。さらに通訳として、ブラウリオ・アルバレスが登壇しました。
フォーゲル氏は日本語もお上手で、時折ユーモアも交えながら丁寧に振りを説明していきます。バー・レッスンはじっくりと体を温めるような内容でしたが、センターに移ると大きく、スピーディに動くアンシェヌマンに。一見シンプルながら、ダンサーたちも戸惑うほど複雑かつ予想外の振りも多々ありましたが、フォーゲル氏がアドバイスをするとみるみる踊りが変わっていきます。
印象的だったのが「5番(ポジション)をもっと感じて! このあと踊る『ねむり』には必要ですよ」というフォーゲル氏の言葉。『ねむり』はクラシック・バレエの基礎に忠実に踊ることが大切な演目なので、正確にポジションに収めることへの指摘がたびたび出ました。ほかにも「つま先まで笑顔で!」「Don't worry! Be happy!」など、ダンサーの気持ちを高めるアドバイスもたくさん。わずか1時間でしたが充実した内容で、客席も一緒に踊り終えたような高揚感に包まれました。
photo: Koujiro Yoshikawa
今回の『子どものためのバレエ「ねむれる森の美女」』は、足立真里亜&南江祐生、金子仁美&池本祥真のダブルキャストによる上演。ホワイエには開幕を待ちきれない子供たちの弾むような声が響き、物販コーナーにはバレエ団ダンサーも姿を見せ、にぎやかなお祭り感が満ちています。
このバージョンは初めてバレエを観る子どもたちにもわかりやすいように、作品の見どころをぎゅっと詰め込み、コンパクトにしたもの。カタラビュット役のダンサー(岡崎隼也、山田眞央)が台詞つきで物語や見どころを解説し、ユーモラスな語りは大ウケ! まるでおもちゃ箱をひっくり返したような鮮やかな色合いのキュートな衣裳と舞台装置、きらめくダンサーたちの姿に子どもたちの目はくぎ付けでした。幕が下りると出演ダンサーが客席に降りてきて、ハイタッチなどの交流も。
終演後、会場を出たところで踊り出す子どもたちが多数おり、興奮冷めやらぬ様子。なかにはフィッシュ・ダイブに挑戦する子もいるなど、ほほえましい光景があちこちで見られました。
photos: Koujiro Yoshikawa
イベントの合間には「バレエ縁日」が大にぎわい! 子どもたちが挑戦できるゲームとして「バレエ玉入れ」「ボーリング」「花輪投げ」の3種類が小ホールのロビーに設置されています。各ゲームで3回までチャレンジでき、条件によってタンブラーや缶バッヂが当たるとあって、子どもたちはみんな真剣な顔でゲームに挑戦していました。
サンチョパンサのボーリング(左上)、海賊の花輪投げ(右上)、バレエ玉入れ(右下)
この日は、3つのイベントが開催に。ひとつめは毎年大人気のイベント「スーパーバレエMIX BON踊り」です! 小ホールの真ん中に組まれたやぐらを囲み、始まる前から熱気むんむん。「人前で踊るのは恥ずかしい」という参加者はほとんどおらず、年齢も性別も関係なく、踊る気満々の参加者が集いました。
今回の指導者は東京バレエ団ファーストソリストの伝田陽美。さらに、スペシャル・ゲストとしてプリンシパルの沖香菜子が登場! ふたりとも艶やかな浴衣姿です。小林十市(モーリス・ベジャール・バレエ団バレエ・マスター)が振付けたオリジナルの盆踊りは、途中で「ボレロ」風のポーズがあったり、バレエのアラベスクを簡単にしたポーズがあったり、両手で抱えたスイカが急に大漁のマグロになったり(笑)と、実にユニークなもの。さらに伝田陽美が「ここで『誰でもできるよアラベスク』!」「はい、ここで急にマグロ~!」「このあと間違いやすいところ来ますよ」など、言葉を交えて解説したので、初めての参加者たちもすっかり振付を覚え、最後は全員がやぐらを囲んで円になり、大きな笑顔で踊りに踊った1時間となりました。
photo: Koujiro Yoshikawa
「からだであそぼう だれでもダンス☆」には、30人ほどの子どもたちが参加。体を動かしながら、想像力を使って自由にポーズを生み出すワークショップということで、振付家・ダンサーの田畑真希さんとアシスタントの城俊彦さんは開始前にすべての子どもたちに話しかけ、リラックスできるように気を配っていたのが印象的でした。そのおかげで、初めて会ったはずの子どもたちはすっかり仲良くなり、始まる前から会場を走り回って大はしゃぎ。
音楽を使いながら「かっこいいポーズで」「1本足で立つ」「3本足で立つ」「0から100まで伸びる」など、さまざまなお題を子どもたちに投げかけますが、田畑さんはどのポーズもたっぷりと褒め、より自由に動けるように「もっとでたらめに!」と呼びかけます。そのうち、子どもたちの個性がどんどん出てきて、もっと面白い動きを追求する子、前のポーズをブラッシュアップする子、好きなポーズだけする子など、実にさまざま。でも、どの子も全力で楽しんでおり、休憩時間は水を一口飲んだだけで大急ぎで田畑さんと城さんのもとに走っていくほど。思わず一緒に動き始める保護者の姿もありました。
終わりを飾ったのは「ダンサーズ・トーク in めぐろ」。その日の本番を踊り終えた、金子仁美、足立真里亜、池本祥真、南江祐生が登壇し、司会は伝田陽美が務めました。伝田は初MCとは思えないほどの落ち着きで、まるで楽屋にいるような和気あいあいとした雰囲気のトークショーに。
今回、代役でデジレ王子を務めた南江は、実はアダジオでリプカ(フィッシュ・ダイブ)をするのが初めてで、秋山瑛と池本からアドバイスをもらったという話も。さらに、直後に開幕となった東京バレエ団60周年祝祭ガラ「ダイヤモンド・セレブレーション」で、クランコ版『ロミオとジュリエット』バルコニーのシーンを踊る足立と池本は、公開レッスンに登場したフォーゲル氏から指導を受けたそう。シュツットガルト・バレエ団時代、ロミオ役を経験しているフォーゲル氏から、音の取り方、場所や空間の使い方などを教わり、よりドラマティックで躍動感のある踊りに変わったそうです。
さらに会場を笑いで包んだのは、Q&Aコーナーで出た「緊張するときは?」の問いに対する、池本のアンサー。彼にとって『ボレロ』のエキストラはもっとも緊張するそうで「いつ立てばいいんだ!」とハラハラした経験があったとか(笑)。また、「得意料理は?」への答えは各自の個性が出る結果に。南江の「具だくさん味噌汁と玄米」、金子の「茄子の揚げびたしが好評」、池本の「牛肉、豚肉、鶏肉を全部入れたカレー」、伝田の「最新式レンジを使った時短料理」という答えに対し、足立の「偏食で、今日もメレンゲクッキーを1ダースくらい食べてしまった」という意外すぎる答えには、驚きの声と笑いが起きたのでした。
photo: Koujiro Yoshikawa
今回も大盛り上がりのうちに幕を閉じた、めぐろバレエ祭り。会場を後にする参加者からは「来年も楽しみ!」という声も聞こえ、次回への期待を胸に帰路についた方も多いようです。筆者も来年までにBON踊りの振付をマスターし、挑みたいと思います!
富永明子(編集者・ライター)
2024/08/25
東京バレエ団創立60周年記念公演〈ダイヤモンド・セレブレーション〉まであと1週間となりました。この週末も〈めぐろバレエ祭り〉の公演・イベントと並行し、スタジオでは連日熱いリハーサルが行われています。公演を目前に、斎藤友佳理(東京バレエ団芸術監督)が公演にかける想いを語ったスペシャル・インタビューをお贈りします。ぜひご一読ください。
斎藤友佳理
東京バレエ団 60周年祝祭ガラ〈ダイヤモンド・セレブレーション〉で上演される7作品は、世界的なバレエ団の輝かしい軌跡が詰まった豪華ラインアップであると同時に、芸術監督・斎藤友佳理のバレエ人生における「コアな部分」を併せ持つ作品群である。
斎藤は2015年、芸術監督に就くとレパートリーの幅を広げ、公演数も増加させるなど東京バレエ団をより一層発展させている。そうした中でも「できる限り海外ゲストを呼ばず、東京バレエ団のダンサーだけで公演が成り立つようにするのが一番の目標でした。それがあったからコロナ禍を乗り越えられました」と自負する。そして、そこを踏まえ「私にとっての(ダイヤモンド・セレブレーション〉は、創立50周年からの約10年間をともにしてきたダンサーたちで成り立たせたいという思いが強かった」と明かす。
3部構成の第1部は、ハラルド・ランダー振付『エチュード』(東京バレエ団初演:1977年)で、バレエのレッスンを主題に華麗な見せ場が続く。前回2016年の上演を含め近年は海外からのゲストを招いていただけに「東京バレエ団のダンサーだけでレベルの高いものを」という願いが実現する。「今だと思えたのは、秋山瑛、宮川新大、池本祥真、秋元康臣たちがいるから。それから個性豊かなソリスト、コール・ド・バレエも力強い」と手ごたえを感じている。
第3部はモーリス・ベジャール振付『ボレロ』(東京バレエ団初演:1982年)。主演のメロディは紫綬褒章を受章するなど円熟の境地にある上野水香(ゲスト・プリンシパル)だ。「上野の10年前と今の『ボレロ』では質が違うのを感じます。ここで彼女が『ボレロ』を踊るのは自然な流れ。上野の『ボレロ』で締めたい」と全幅の信頼を置く。
『エチュード』と『ボレロ』の間の第2部では、小品や全幕作品からの抜粋を披露する。ベジャール振付『バクチⅢ』(東京バレエ団初演:2000年)※9/1(日)上演は、インドのシヴァ神とその妻シャクティが神秘的に舞う。自身がカンパニー初演時に世界初演者メイナ・ギールグッドの指導を受けた。今回は伝田陽美の存在ありきで選んだと明言する。「私の身体能力では表現しきれなかった、自分がここまで行きたかったという理想をやってくれる。伝田の良さを一番魅せられる作品。柄本と一緒にハンブルク・バレエ団の〈ニジンスキー・ガラ〉に出るという誇らしい経験をへて、自信もついたと思います。旬の輝きをぜひ観ていただきたい」と飛躍を喜ぶ。
イリ・キリアン振付『ドリームタイム』(東京バレエ団初演:2000年)は、武満徹の音楽にのせて繰り広げられる夢幻的な美の宇宙。斎藤が初めて踊ったキリアン作品ということもあり、思い入れひとしおだ。「装置と照明と空間が大好き。まさにダイヤモンドのような作品なのに、長い間上演されなくなっていました。芸術監督になってまず最初に取り組んだキリアン作品で、イタリア公演でも一番評判になりました」とうれしそうにほほ笑む。
ジョン・ノイマイヤー振付『スプリング・アンド・フォール』よりパ・ド・ドゥ(東京バレエ団初演:2000年)※9/1(日)上演は、詩情豊かな名品で、斎藤がカンパニー初演を果たした。芸術監督就任前のラコット版『ラ・シルフィード』の振付指導以来の師弟関係で「なくてはならない存在」である沖香菜子と、今春退団したが「一緒に汗水を流して苦楽をともにしてきた仲間」である秋元(ゲスト)が踊る。「沖と秋元が最初に踊ったのがこの作品なので、今回二人に踊ってもらいたいという気持ちが強くありました」と語る。
金森穣の『かぐや姫』よりパ・ド・ドゥ(東京バレエ団初演:2023年)※8/31(土)上演も注目される。全3幕の大作の創作を「大きなチャレンジでした。日本人の振付家で作品を創ることも目標でした」と振り返る。今回は秋山と柄本が本年6月、モスクワにおけるブノワ舞踊賞2024 ガラ・コンサートの際、ボリショイ劇場で踊った版を披露。「一つの完成させたパ・ド・ドゥとして残すことも考えていたので穣さんに相談し、60周年祝祭ガラや秋にイタリアで上演することも理解してくださいました。全幕とは違うコンサート用のパ・ド・ドゥです」と紹介した。
怪我による出演者・演目変更に伴い、ジョン・クランコ振付『ロミオとジュリエット』よりパ・ド・ドゥ(東京バレエ団初演:2022年)※8/31(土)上演が加わった。斎藤が主演したクランコの『オネーギン』は歴史に残る名舞台だったのは記憶に新しい。「ダンサーたちにはドラマのある作品を踊り、役者になってほしい。私にとってのコアな部分であるクランコを入れることにしました。足立真里亜と池本は全幕の舞台が評価され、すぐにクランコ財団から上演の許可がおりました」と期待を寄せる。
現時点での「一つの集大成」と位置付ける。「常日頃からダンサーたちの成長を願っています。無限大の可能性を持つことを忘れないでほしい。〈ダイヤモンド・セレブレーション〉を経て、さらにどう大きくなっていくのかが一番大切。今までやってきたことを存分に発揮して、将来につなげてほしい」と願う。終始ダンサーたちを慈しむ姿が印象的だった。
写真:長谷川清徳、松橋晶子
取材・文:高橋森彦(舞台評論家)
レポート2024/08/16
「振付家・ダンサー双方の創造力・表現力を刺激し、アーティストとしてのモチベーションを高めてもらいたい」という、芸術監督 斎藤友佳理の強い想いから、2017年にスタートした〈Choreographic Project〉。
定期的な公演継続のため、また、より多様な挑戦ができる場として発展させていくために、ダンサー主体でのクラウドファンディングにも挑戦。多くのご支援によって実現した〈Choreographic Project 2024〉初日の様子をレポートします!
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東京バレエ団のスタジオ内に暗幕が張られ、平台を積み重ねてつくった客席は小劇場の芝居小屋を思わせる。入場するとブラウリオ・アルバレスが立っていて、チケットを確認し、座席の場所を案内してくれる。しばらくすると加藤くるみが司会として登場し、開演前の注意事項(スマホはOFFに、飲食は禁止など)の際はダンサー数名が身振り手振りを使ってユーモラスに表現。この〈Choreographic Project〉ならではの"手作り感"ある演出で、ダンサーが普段よりもぐっと身近に感じられ、会場全体が温かい雰囲気に包まれる。
最初に上演されたのは、木村和夫振付の『チャイコフスキー・ピアノ・コンチェルト第1番より第3楽章』。3組のカップル(足立真里亜、富田紗永、福田天音、生方隆之介、樋口祐輝、陶山湘)と、男性ダンサー8名による群舞が混ざり合う。男女カップルによるパ・ド・ドゥは、互いのピュアな感情が交差して心が弾む。一方で、男性ダンサーだけのアンサンブルではアレグロの動きも多く、迫力満点。クラシック・バレエをベースにしながら、ダイナミックさと繊細さをあわせ持つ作品世界に魅了された。
続いて、岡崎隼也が振付けた、秋山瑛のソロ作品『ふたつのかげ』。ガブリエル・フォーレの切ない調べにのせて、白いシャツと赤い靴下姿の秋山が時折顔を隠しながら踊る。配役表には、振付家からのメッセージとして「影と陰 見えているものと見えていないもの ふたつはひとつ」という言葉が添えられており、秋山の動きからは内側に抱えた悲しみや切なさのような、どろりとした感情と向き合い、もがく様が感じられる。ぞくっとするような妖しい美しさも垣間見え、心をとらえて離さない作品だった。
次の作品は 、井福俊太郎の『la Mano』。ムルコフによる打ち込み系のサウンドをベースに、ダンサーたちは重心を低く落として踊る。井福からのメッセージは「空間と振動」。時に転がり、時に地を這いながら、リズミカルにアップダウンの動きを繰り返す。その力強いムーブメントは音楽と一体化し、身体でもって空間を切り裂いていく。ダンサーたちもそれぞれの力量を存分に発揮し、客席も含めて劇場全体が一体となるような、そんなパワフルな作品だった。
今回、富田翔子は大活躍だった。クラウドファンディングでは富田がデザインしたオリジナルグッズ(Tシャツとトートバッグ)が人気で、ダンサーとしても出演。さらに初振付作品『ma vie』を上演した。長谷川琴音と生方隆之介による、思わず笑みがこぼれるようなパ・ド・ドゥ。富田によると、この作品は大人と子どもを描いた物語で、「自分の心地よさに身を委ねて生きる命すべてが思うままの姿でいられたらいい」という願いを込めて作られたという。ふたりの動きがシンクロし、重なり合う様は実に心地よく、爽やかで愛らしい作品となっていた。
本プロジェクトの常連振付家であるブラウリオ・アルバレスは今回、ふたつの作品を上演。ひとつめはタイの伝統文化からインスパイアされた『Siamese』で、ダンサーたちはタイの伝統舞踊で着用されるような衣裳を身にまとい、エキゾチックなメイクを施していた。ブラウリオはこの衣裳を作るため、自らタイに生地を買い付けに行ったという。バッハの「平均律クラヴィーア」にのせて踊られるのは、非常にピュアなクラシック・バレエで、動きの美しさが際立つ。小品ながら、幕ものの抜粋を観たような見ごたえがあった。
もうひとつは総勢10名のダンサーによって踊られる『Komorebi』。"木漏れ日"と題された理由として、アルバレスは「葉を通して漏れる太陽の光のように、私たちの社会には何かしら際立った個人がいます」と書いているが、そのきらめく個人は時にはみ出し、飛び出し、もがき、あらがうこととなる。足を踏み鳴らし、ねじ伏せるような動きのなか、一触即発といった雰囲気もあり、集団における個の葛藤が描かれる。偶然だが、この日(7月6日・初日)は上空で雷がとどろき、その轟音が鳴り響くなかでの上演となったのだが、その不穏な音がまるで効果音のように本作品にぴったりであった。
最後に上演されたのは、再び岡崎隼也による振付作品『チェロからはじまる私とあなたの関係』。「あるチェリストの音源を聴いた時に得たイメージを6つのショートストーリーに落とし込んだオムニバス作品」とあり、それぞれ「無我夢中」「二者択一」「一心同体」「共存共栄」「合縁奇縁」「光芒一線」のタイトルがついている。照明の効果が素晴らしく、黄色や青、緑、赤など、鮮やかな色の光を用いた照明がストーリーごとに切り替わり、どこか白昼夢を観ているような不思議な気分になる。明るく、ユーモアを含んだ振付の中にほどよい毒っけもあり、ウィットに富んださまざまな人間関係が踊りで表現された。
残念ながら、上演中の雷雨の影響で空調設備に不都合が生じ、2日目以降の上演を断念せざるを得なかったが、8月22日(木)に日を改めて再演されることが決まったという 。また、来年(2025年)3月にも本プロジェクトの上演を予定しているそうで、会場入り口ではその支援も兼ねたグッズ販売が行われていた。これからの発展にも大いに期待したい。
取材・文=富永明子(編集者・ライター)
photos: Koujiro Yoshikawa
2024/07/17
ボリショイ劇場の前で。柄本弾、秋山瑛、宮川新大
審査員を務めた、芸術監督の斎藤友佳理と。
バレエ界で世界的に権威ある賞のひとつ、ブノワ舞踊賞Prix Benois de la Danse2024に、既報の通り、振付家部門で「かぐや姫」の振付家、金森穣氏が、また女性ダンサー部門でプリンシパルの秋山瑛がノミネートされ、その発表が6月25日モスクワのボリショイ劇場で行われました。
秋山瑛は、受賞は逃したものの、同日授賞式に続いて開催されたガラ・コンサートでノミネートの対象となった「かぐや姫」のパ・ド・ドゥを柄本弾とともに審査員や観客の前で披露し、満場の喝采を浴びました。またガラ・コンサートは翌日にも開催され、この日は秋山と宮川新大が「タリスマン」パ・ド・ドゥを踊りました。
授賞式と公演に参加した3人の感想をお伝えします。
秋山瑛
ボリショイ劇場の舞台で踊れる日がくるとは思っていなかったので、すべてが夢のような出来事でした。舞台の広さ、そこで働く方々の人数、すべての規模が大きい。たとえば本番中に舞台の奥に走っていくとき、奥行きがあっておまけに斜舞台なので、坂を登っていくようなしんどさがあったり。ただ、本番のことは正直あまり記憶になくて......(笑)。モスクワに到着した翌日がもうゲネプロで、続けて本番が2回だったので、無我夢中でした。
踊ったあとの客席の反応は素晴らしかった。踊り終わって一度舞台袖に引っ込んだあとも、手拍子で呼び戻してくださって。楽屋口で待っていた方々も、「『かぐや姫』、よかった」「『タリスマン』、よかったよ」と声をかけてくださった。みなさんとても温かかったですね。
また、今回ノミネートされた方々、受賞者、出演者の方々の、踊りやレッスン、楽屋での様子を拝見したり、お話しできたことがとても嬉しかったです。みなさんとても親切で、ダンサー同士でリスペクトし合っている。その中には、私が7歳のときに初めて観た「白鳥の湖」でオデットを踊っていた、ミハイロフスキー・バレエのイリーナ・ペレンさんもいらっしゃったんです。私がバレエを始めるきっかけになった方です。そのことを彼女に伝えることができたのが、とても嬉しくて。それから「タリスマン」のオーケストラ演奏の指揮者が、4月の東京バレエ団の「白鳥の湖」で指揮をされたアントン・グリシャニンさんで、「久しぶり」と声をかけてくださった。場所が変わっても互いに繋がっていると感じられて、芸術っていいなと心から思いました。
イリーナ・ペレンと。
柄本弾
僕自身がブノワ賞にノミネートされたわけではありませんが、この賞を通して世界のバレエ界で「かぐや姫」が注目されて、その作品で(秋山)瑛が女性ダンサー部門でノミネートされた、その二つのことに関われたことが、まずとても光栄なことだと感じています。それから、いままでヨーロッパの大きな劇場──パリ・オペラ座やミラノ・スカラ座で踊りましたが、まさかロシアのボリショイ劇場でも踊れる日が来るとは思ってもいなかったので、印象深いですね。僕が入団してから東京バレエ団がロシアに行くことはなかったので、とてもいい経験になりました。瑛も僕も(宮川)新大も、ボリショイはみんな初めてだった。
舞台で踊っていたので他の出演者との比較はできないけれど、踊った後の客席の反応は悪くはなかったと感じました。本番後のレセプションでも大使館の方とか外国の方からも「『かぐや姫』がとてもよかった、ぜひ全編を観たい」とけっこう多く声をかけられたので、評価されているなと思いました。
ボリショイ劇場はとにかく舞台が広くて奥行きが深いので、(斎藤)友佳理さんから事前に空間の使い方、ポジショニングのことを言われていました。それと何か表現するにも大きく、オーバーなくらいでと。『かぐや姫』はクラシックと違って細かい動作が多いのですが、それも少しずつ大きくやるようにと。そこは瑛と話し合ってどういうふうにやるかは何回も話しました。
宮川新大
今回ブノワ賞のガラ・コンサートに出演して、あのボリショイ劇場に立てたことが、個人的にはもっとも嬉しく感無量でした。また、舞台に関わっている方々がダンサーのことをすごくサポートしてくれて、バレエや僕たちダンサーへのリスペクトが強く感じられ、ロシアにいることを改めて強く感じました。以前にモスクワ音楽劇場バレエで踊っていたときも感じていましたが、ここはダンサー・ファーストの国なんです。一般の人たちがバレエに親しみ、バレエを愛していて、映画を見るようにバレエを観るというお国柄だからこそですよね。
初日の(柄本)弾さんと(秋山)瑛の「かぐや姫」のパ・ド・ドゥを客席で観ていましたが、観客の興奮ぶり、熱量はすごいものがありました。「かぐや姫」はとても受け入れられていて、客席で観ていた僕は、2人が踊っているのを観て感動で泣いてしまったほどです。僕自身は二日目のガラで、「タリスマン」のパ・ド・ドゥを瑛と踊りました。ふだんはボリショイ・バレエを観ている観客の前で、ロシアの演目を踊るのは少しだけ不安もありましたが、僕らもとても大きな拍手と歓声をいただいた。誰よりもロシアバレエを知っている友佳理さんにこの作品を選んでいただいて、心から良かったと思います。ロシアの国営テレビで流れたブノワ賞のニュースでも、僕たちの「タリスマン」が抜粋されて放送されたんですよ。すごく光栄なことです。
●ブノワ舞踊賞2024の受賞者、審査員、ガラ・コンサートの演目等につきましては下記をご覧ください。
2024/06/03
今週金曜日から後半の公演が始まる「ロミオとジュリエット」は、振付家クランコ独特の、温かく血の通った、心をくすぐるような演出が大きな魅力のひとつ。クランコ版が一番好きという、WEBメディア「バレエチャンネル」編集長の阿部さや子さんに、その"萌え"ポイントを中心に魅力を語ってもらいました。
* * *
私は現在51歳。14歳になる少し手前だったというジュリエットの年齢を通り過ぎてから、もう37年も経ってしまった。
それでもいちばん好きなバレエ作品は、ずっと変わらず『ロミオとジュリエット』だ。
どのくらい好きかというと、イタリアはヴェローナの観光名所「ジュリエットの家」を訪れ、世界中から集まった観光客が見上げるバルコニーで、ひとり"ジュリエットごっこ"をやってみたくらいである。
さまざまな演出版の『ロミジュリ』を観てきた。
好きなのはケネス・マクミラン版やフレンチ・ミュージカルのジェラール・プレスギュルヴィック版、そして「いちばん好きな版は?」と聞かれたら、答えはいつも「ジョン・クランコ版」である。
なぜ、クランコ版なのか。
これまで数多のダンサーたちが舞台や取材を通して教えてくれたことを交えつつ、「だから私はクランコ版が好き」と思うポイントを、5つに絞って挙げてみたい。
\Point 1/
三馬鹿トリオは「トゥール・アン・レール」を跳びまくる
ロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオ。この親友3人組のことを、バレエファンは親しみを込めて「三馬鹿トリオ」と呼ぶ。第1幕第3場、これから宿敵キャピュレット家の舞踏会に忍び込むぞ〜という場面で、愛すべき三馬鹿はいかにもやんちゃなパ・ド・トロワ(3人の踊り)を踊りだす。両腕をゆらゆらさせる愉快な動きと共に印象に残るのは、3人がこれでもかというほど跳びまくる「トゥール・アン・レール」。これは助走もなしに跳び上がり、空中でくるくるっと回転するスゴい技。このテクニックが他の作品ではちょっと見ないくらい連発されるので、ある時舞台を観ながら回数を数えてみた。結果はロミオとベンヴォーリオが15回(ダブル(空中で2回転)12回、シングル3回)ずつ、マキューシオは17回(ダブル14回、シングル3回)。この場面が楽しければ楽しいほど、後に起こる出来事が悲しくなるのはわかっている。それでも37年くらい前のあの頃に、教室や校庭でふざけ合っていた男子たちみたいな三馬鹿トリオを見ると、つい笑顔になってしまうのだ。
\Point 2/
ロミオは瞬間湯沸かし器のように夢中になり、ジュリエットは薪を焚くように引かれていく
三馬鹿が紛れ込んだ舞踏会で、美女ロザリンドを追いかけていたはずのロミオの視線がいつジュリエットの姿をとらえるのか。その視線にジュリエットはどう気づくのか。ふたりの運命が動き出すこのくだりは、周囲のダンサーたちの細かい演技も見逃せず、じつに目が忙しい。ロミオやジュリエットの表情をオペラグラスでガン見したいけど、そうすると周りが見えないし......そんな葛藤も演劇的バレエを観る醍醐味である。
ロミオはジュリエットを見初めた瞬間からグイグイ距離を詰めていく。ジュリエットはトウシューズのつま先でトコトコトコトコトコ......と可愛らしく後退りしつつ、彼への好奇心が徐々に好意に変わっていく。男性は瞬間湯沸かし器のように恋に落ち、女性は薪で湯を沸かすようにゆっくり好きになっていくという恋愛の真理が学べる(?)場面である。
\Point 3/
恋が愛に変わる「バルコニーのパ・ド・ドゥ」からのクランコ版名物「懸垂キス」
「パ・ド・ドゥとは感情の変化を描くもの。それを踊る前と踊った後ではふたりの関係が変化しているべき」と考えていたというクランコ。第1幕を締めくくる「バルコニーのパ・ド・ドゥ」はまさに、出会ったばかりのふたりが永遠の愛を誓い合うまでに変化していくさまを、鮮やかに伝えてくれる。
この場面はまず冒頭に萌えがある。演劇やミュージカルではロミオがバルコニーをよじ登って恋人たちの語らいが始まるが、バレエの場合バルコニーの上では踊れないので、ジュリエットが下に降りてくることになる。その降り方が大事な見どころで、例えばマクミラン版のジュリエットは、バルコニーに添えられた大きな階段をみずからの足でターッと駆け降りてくる。いっぽうクランコ版はどうかというと、バルコニーの上にちょこんと座ったジュリエットを、ロミオが抱っこして下に下ろす。ものすごく可愛いくて甘酸っぱい。
そこから始まる約8分間のパ・ド・ドゥのなかで、年上のロミオはどんどん少年になっていき、年下のジュリエットは大人の女性の表情を見せ始める。印象的なのは後半、ジュリエットがロミオを膝枕するところ。少し躊躇いながら、でも愛おしそうにロミオの髪をそっと撫でるジュリエットに、胸がいっぱいになる。
そして「一緒に出かけよう!」と駆け出す彼に対して、「もう部屋に戻らなくちゃ」と分別を見せる視線の演技。ロミオは再びジュリエットを抱っこしてバルコニーの上に帰して、幕。......となる前に、クランコ版ファンが全神経を集中させる瞬間がやってくる。バルコニーから降りようと両腕でぶら下がったロミオが、「やっぱりもう一度!」と言わんばかりにグググとその身を持ち上げて、ジュリエットにキスをするのである。通称「懸垂キス」。ここまで情熱的に踊り続け、リフトもし続けてきたロミオ役のダンサーはもう体力的にギリギリで、上腕二頭筋もパンパンなのだという。そこからの懸垂。だからこそ最高にドラマティック。ダンサーとクランコへの感謝とリスペクトを胸に、今後も堪能させていただきます。
\Point 4/
ふたりで迎える最初で最後の朝。ロミオがジュリエットの髪に触れる、その仕草に注目を
僧ローレンスのもと、密やかな結婚式を挙げたふたり。人生でいちばん幸せだったその日に起こる、まさかの悲劇......ヴェローナ追放の身となったロミオは、ジュリエットと初めての朝を迎える。妻を胸に抱くようにしてベッドに横たわったまま、彼は眠っている彼女の長い髪をくるくると指に絡める。この時代、結婚した女性は人前では髪を隠さねばならず、つまりその髪に触れられるのは夫の特権なのだと聞いたことがある。しかしそうした事情を超えて、愛する人の髪に触れた時、あるいは愛する人が髪に触れてくれた時に胸に広がる感情は、きっと古今東西普遍のものだ。その幸福のかけがえのなさや切なさを、「髪を指に絡める」という小さな動作ひとつで実感させてくれるのが、このクランコ版なのである。
そっと立ち去ろうとするロミオの気配に気付いて目覚めたジュリエットは、「鳴いている鳥は雲雀ではなくナイチンゲール。まだ夜は明けていないわ」とカーテンを引く。そして別れのパ・ド・ドゥ。最後にロミオは後ろからジュリエットの手を取って目隠しをさせ、彼女が目をふさいでいる間に出ていってしまう。その愛おしい髪に、さよならの口づけをして。
\Point 5/
愛したように死んでいく。涙腺崩壊確率100%のラストシーン
仮死状態のジュリエットが眠る墓所に、ロミオが疾風のように駆け込んでくる。舞台奥に設えられた高い橋の欄干にマントを引っ掛け、それをつたって降りてくるレスキュー隊みたいな侵入の仕方もとてもいい。ひと足先にジュリエットの死を悼んでいたパリスをもはや躊躇うことなく刺し殺すと、抱きしめてももう抱きしめ返してはくれない彼女の亡骸(と思い込んでいる)のそばで、ロミオはあっという間に自刃する。かつてシュツットガルト・バレエ団のフリーデマン・フォーゲルが、「ロミオは5分先の未来しか見ていない」と話してくれたことがある。だとすれば死に急ぐこのスピード感もまた、とてもロミオらしいと言えるだろう。最期の力を振り絞り、ロミオはジュリエットを胸に抱くようにして横たわる。そして彼女の髪を指ですくう。あの、初めての朝のように。
ジュリエットの目覚め。ここにもクランコ版の推しポイントがある。隣にロミオがいると気づいた時、ほんの一瞬だけ、ジュリエットが喜ぶところだ。例えばマクミラン版の場合、ジュリエットはロミオに気づく前にパリスの死体を見る。だから倒れているロミオを見つけた時、彼女は瞬時に「死んでいる」と理解するのだと、過去の取材で教わった。その演出の説得力にも唸らされるけれど、ジュリエットはロミオが迎えに来てくれると信じて薬を飲んだのだ。だから瞬間的に「ロミオ、来てくれたのね!」と喜ぶジュリエットを見ると、どうしても泣けてくる。しかもその喜びは、数秒後には絶望に変わってしまうのだから。
ポタポタとこぼれ落ちる涙をぬぐうひまもなく、オペラグラス上げっぱなしのエンディング。最後の最後がどう描かれるかはぜひ劇場でご覧いただくとして、ジュリエットもまた、ロミオを愛おしんだあの時と同じように人生を終えるということだけ、お伝えしておこう。
阿部さや子 WEBメディア「バレエチャンネル」編集長
photos: Shoko Matsuhashi
レポート2024/05/14
新緑がまぶしい連休明け、東京バレエ団では5月24日から開演する『ロミオとジュリエット』に向けて、連日リハーサルが続いています。取材した日は、振付指導のため来日しているジェーン・ボーン氏 によるリハーサルが行われました。本日はそのレポートをお送りします!
沖香菜子(ジュリエット)と柄本弾(ロミオ)
photo: Shoko Matsuhashi
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「Beautiful!」「Lovely!」と、ボーン氏による柔らかな声がスタジオに響いたのは、最初におこなわれた秋山瑛と大塚卓によるリハーサルです。
舞踏会で初めて出会い、惹かれ合ったふたりが互いの気持ちを交わすシーンから、バルコニーの場面、ジュリエットの寝室での別れの朝、そして墓場でのラストシーンまで、パ・ド・ドゥを順に踊っていきます。初演キャストの秋山はまさに全身全霊を打ち込むような踊り! 彼女につられるように、初役である大塚の集中力も増し、ふたりの情熱がぶつかり合います。
"ロミジュリ"におけるパ・ド・ドゥといえば、心情を表す複雑な振付が特徴。ボーン氏はふたりの演技について「何も言うことがないほど美しい」と言いながら、振付で定められたタイミングを丁寧に教えていきます。たとえば、ジュテ・マネージュで切り替える位置、ジュリエットを肩に乗せるタイミング、細かなブレの音の取り方など、どの音で何をするかが曖昧にならないように、カウントを取りながら指導される様子が印象的でした 。
秋山瑛(ジュリエット)と大塚卓(ロミオ)
photo: Shoko Matsuhashi
指導によって踊りに変化があったのは墓場でのラストシーン。仮死状態のジュリエットを相手に踊る難しさに戸惑う大塚に対して、ボーン氏は手の取り方や、肩に手を回すタイミングまで細かく指導していきます。彼女のアドバイス通りにすると、ジュリエット(秋山)は観客にはわからない程度に力を入れて身を起こしやすくなり、実に自然に見えるのです。
物語バレエである"ロミジュリ"では、観客が一瞬でもリアルを感じて醒めてしまうと物語から離れてしまいます。音もタイミングも位置も含めてすべてが細かく定められることで、ダンサーはかえってスムーズに感情を表現しやすくなり、かつ観客にも自然に見える工夫がなされているのだと感じられました。
秋山瑛(ジュリエット)と大塚卓(ロミオ)
photo: Shoko Matsuhashi
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続いておこなわれたのは、1幕の舞踏会のシーン。一部は本番用の衣裳をはおり、スタジオの照明でもその色合いや光沢、織り込まれた模様の美しさが光ります。女性の客人役はおそろいのリハーサル用スカートを身につけることで、ふわりと大きく広がるドレスでの歩き方や身のこなし方を習得します。
客人たちが舞踏会場に入ってくるシーンは何度も中断しながら、ボーン氏から歩き出しのタイミングや歩き方への指導が入りました。男性には「もっと足を踏み鳴らして!」と、そばについて歩きながら何度も教える一幕も。
とくに記憶に残ったのが、舞踏会が終わって客人たちが帰る場面で、ボーン氏が「あなたたちは舞踏会でとてもドラマティックな夜を過ごして、疲れて帰るところですよ」と告げた言葉です。
確かに、その夜の客人たちはさんざん踊って飲み、加えてロミオたちの乱入でザワザワした雰囲気もあって、かなり疲れているはず。大勢で歩くだけでも、入場のときと帰るときとでは歩き方に微妙な差があるほうが自然でしょう。そういったコール・ド・バレエの細かな違いが、物語性をさらに厚みのあるものにしていくのだと感じます。
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最後におこなわれたのは、2幕の決闘の場面です。ティボルトとの決闘によってマキューシオが死に、取り乱したロミオがティボルトを殺し、キャピュレット夫人が嘆き悲しむ......という非常に緊迫感のあるシーンを、2キャストでリハーサルしていきました。
ボーン氏の細かな指導が入ったのが、ティボルトがマキューシオの剣を奪って放り投げるシーン。放り投げる位置を上手のダウンステージ(前寄り)側に変更するように伝えると、ティボルトの安村圭太が巧みに剣をすくい上げ、遠くに放り投げます。剣を落とす位置が変わるだけで、舞台上のダンサーも観客も視線が剣に集まり、一瞬にして物語がシリアスなシーンに切り替わり、劇的な効果を生み出しました。
また、もう1組のキャストのときは、 ティボルトの存在に気づく際のマキューシオ(生方隆之介)の立ち位置も修正。どこにどの向きで立ち、いつ気づいて見つめるかで、ふたりの関係性や心理的な距離感がぐっと明確になり、次の動きにつながりやすくなるのがわかります。
ふたりの決闘を見守るカーニバルダンサーやジプシーたちの演技にも、細かい指導が入ります。激怒するティボルトのまわりを走るダンサーたちに、「もっと全速力で走らないと殺されちゃうわよ!」と笑うボーン氏。
また、嘆き悲しむキャピュレット夫人のリハーサルシーンで、ほかのダンサーが入るタイミングのミスで演技を止めた奈良春夏に対して「何があってもあなたはそのまま、ドラマティックに演技を続けていいのよ」と声をかけ、彼女の表現に信頼を寄せている様子がうかがえました。
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足立真里亜(ジュリエット)
photo: Shoko Matsuhashi
リハーサルはトータル4時間半続きましたが、ボーン氏は何度も立ち上がり、ダンサーと一緒に動きながらアドバイスをするなど、パワフルな指導をしてくださいました。彼女による修正をひとつずつ取り入れることで、ダンサーたちの表現にもさらに深みが増したのが印象的です。
本番までの間にリハーサルを重ね、ダンサーたちの踊りはさらに磨かれていくことでしょう。
今回は3キャストに加え、マキューシオやティボルト、キャピュレット公や夫人などの組み合わせもさまざまなので、日によってはガラリと違う雰囲気になることも期待されます。
本番まであと少し! どうぞ楽しみにお待ちください。
取材・文=富永明子(編集者・ライター)
レポート2023/11/02
あと1週間ほどで、創立60周年記念シリーズの第二弾、新制作『眠れる森の美女』の幕が開きます。初日目前の10月31日に開催した、記者や評論家を対象とした公開リハーサルおよび囲み取材の様子をレポートします!
公開リハーサルは第1幕、成人したオーロラ姫を囲んだ祝宴の場面。オーロラ姫は沖香菜子、悪の精カラボスは柄本弾、リラの精は政本絵美と、ファースト・キャストがそろいました。
冒頭の花のワルツは、大勢のダンサーたちが花カゴや花輪を手に目まぐるしくフォーメーションを変え、万華鏡のよう!
ローズ・アダージオとヴァリエーションの振付は変わらず、可憐なオーロラ姫に求婚する4人の王子(ブラウリオ・アルバレス、鳥海創、安村圭太、後藤健太朗)は互いにけん制し合いながら姫にアピールし、その関係性も楽しめます。
カラボスの登場で華やかな祝宴から一転、眠りについたオーロラ姫の運命は? 続きが気になる、見ごたえたっぷりのリハーサルとなりました。
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囲み取材には芸術監督の斎藤友佳理が登場。「古典バレエとして守るべき部分と新しくする部分、どのようなバランスで考えていますか?」という記者からの質問に対し、斎藤は「そのバランスほど今回難しいものはなく、今もなお苦しんでいる部分です」と打ち明けました。
芸術監督 斎藤友佳理
「『眠れる森の美女(以降『眠り』)』には、いつの時代に踊っても決して色あせない、触れてはいけない部分が私の中で明確にあります。いっぽうで、テクニック面やダンサーの体形など、時代とともに変わってきた部分もある。どこまで手を加えればよいか、ずっと悩みながら進めてきました」
斎藤の考えによると「『眠り』はバランスで成り立つもの」。オーロラ姫とデジレ王子のバランス、主役とコール・ド・バレエのバランス、装置と衣裳と踊りのバランス、そして作品全体のバランス......すべてのバランスに気を配りながら、つくり上げていったと言います。
「私のなかで絶対に変えてはいけない部分は、まずストーリーの根本の部分。それから古典バレエとしての薫りを残すこと。そして、プロローグのリラの精のヴァリエーションと、第1幕のオーロラ姫の登場にローズ・アダージョからヴァリエーション、第3幕の青い鳥とフロリナ王女などのディヴェルティスマンとグラン・パ・ド・ドゥ。それらは手を加えてはいけない確固たる部分でしたが、あとは今の時代にあわせて振付を変更しています」
今回、斎藤が大きく変更を加えたのは、リラの精の役割と第2幕です。
リラの精 政本絵美
「新制作版では、リラの精はオーロラ姫とデジレ王子、ふたりの洗礼の母という役割で、主役と同等のポジションです。リラの精は長い間、眠りについたオーロラ姫にふさわしい相手を探し続けていました。そしてたまたま100年後、彼女にぴったりの相手を見つけ出したのだと思います。ですから、リラの導きによってふたりが出会う場面は、普通に踊らせたくなかった。オーロラ姫は夢の中で王子と出会い、王子は幻影の彼女に出会う――ふたりは異なる次元にいるわけですから、絶対に触れ合わない振付にしたかったのです」
異次元のふたりが出会うには、デジレ王子が水を渡る必要があると考えた斎藤は、パノラマと呼ばれる第2幕の場面で約44メートルにもおよぶ動く背景画を制作。これはプティパによる初演時の技法でしたが、故障などのトラブルのおそれがあるため、現在はボリショイ劇場でさえ使用していないそうです。しかし、斎藤はリスクを承知でその仕掛けを施しています。
さらに今回、カラボスに男女ふたりのダンサーを配した理由についても質問があがりました。
悪の精カラボス 柄本 弾
「私はいつも、ダンサーにはカメレオンのようであってほしいと思っています。『どれが本当のあなた?』と思われるような役者にならなくてはいけないと。柄本弾は内面が成長し、今の彼には無限大の可能性を感じています。これまで、同じ公演で王子とカラボスの両方を踊ったダンサーは見たことがありませんが、彼ならできるし、やればさらに成長していくと考えました。それはダブルキャストの伝田陽美も同様です。中身の濃いダンサーであるふたりに、悪役も王子も妖精も踊ってほしいと考えました」
オーロラ姫 沖 香菜子
3人のオーロラ姫についても「それぞれのプラスの面が前に出るよう、補いながら長所を伸ばすのが私の仕事」と、愛情のこもった眼差しで語った斎藤。バレエ団員約70名のほか、子役やエキストラもあわせて総勢100名ものキャストが登場する新制作版の『眠り』の開幕まで、さらにブラッシュアップを重ねていくことでしょう。本番まであと少し! 楽しみにお待ちください。
取材・文 富永明子(サーズデイ)
Photos:Shoko Matsuhashi
レポート2023/10/27
2023年10月20日(金)〜22日(日)、ついに世界初演を果たした東京バレエ団×演出振付家・金森穣によるグランド・バレエ『かぐや姫』全3幕。東京公演最終日(22日)の終演後、かぐや姫が月に帰るのを見送った余韻も未だしみじみ残るなか、東京バレエ団友の会クラブ・アッサンブレ会員様限定のダンサーズトークが催されました。
登場したのは初日と最終日にかぐや姫役を演じた秋山瑛と帝役の大塚卓、司会は中日に影姫を踊った金子仁美。まずは「とくに思い入れのある場面や最も考えて演じたポイントは?」の質問でトークがスタートしました。
「僕はやはり第2幕、帝が初めて舞台に現れ階段から降りてくる登場シーン。帝は幼くして即位したから、きっと大臣や従者たちのほうがずっと年上で実権もある。弱い自分を隠して威厳を保とうとする帝像をどう演じるべきか、ずいぶん悩みました。もうひとつは第3幕、かぐや姫とのパ・ド・ドゥです。あそこで彼は、自分の立場や権力を利用し始める。帝としての風格が少しずつ出てくるさまを表現したかった」(大塚)
大塚 卓(10/20、10/22 帝)
「すべての場面が大切ですけれど、まずは第1幕、初めて私が舞台の上で、かぐや姫として月を見るシーン。『月の光』のパ・ド・ドゥは、かぐやが道児に『月を見てるとなぜだか涙が出てくるの』と問いかけるような踊りです。道児は『それなら僕が月に近づけてあげる』と、大きなリフトに入っていく。かぐやはその気持ちが嬉しくて、道児に対して特別な気持ちを持ち始めるのだと私は解釈しています。
もうひとつは第3幕最後の悲しみのソロ。周りにはもう誰もいなくて、お客様の視線と照明と音楽、そして自分の心だけがそこにある。ついエモーショナルになる私に、穣さんは『感情をそのまま出してしまうと、観客は逆に感じにくくなる』と。難しかったけれど感じることの多い場面でした」(秋山)
秋山 瑛(10/20、10/22 かぐや姫)
いっぽう「リハーサルで苦労したところ」については、「当初、金森さんならではの身体の使い方に馴染めなかった」と大塚。「でも2幕の振付が始まってみると、どこかベジャール作品と通じるものを感じて、すんなり身体に入るように。帝のオリジナルキャストを任せてもらえたのだから、僕にしかできない帝を目指そうという気持ちでやりました」。
秋山も「世界初演のファーストキャスト」という初の経験に触れ、「これまでの全幕主演と違ったのは、役作りの助けになるロールモデルがいなかったこと。かぐや姫は私にとっては難しい役で、苦しみました」と明かしました。「でもダブルキャストの足立真里亜ちゃんという素晴らしいダンサーがいてくれた。そしてバレエ団のみんながたくさん相談にのってくれた。それがなかったら、私にこの役はできなかった」。
秋山の言葉を聞き、「自分のかぐや姫を模索し続けて役と向き合っていた瑛は本当にかっこよかった」と声を詰まらせた金子。「私は今回1日しか影姫を踊れなくて、すごく悔しかった。影姫は第2幕の幕開きに、もみじ降るなか独りで歩いて出てきます。彼女もまた孤独な存在で、やはり何かを背負っている。出番を前にひどく緊張していた私に、瑛が『仁美さんらしく踊ってください』って声をかけてくれて。みんなで助け合ってひとつの舞台を作り上げられることが本当に幸せです」。
金子仁美(10/21 影姫)
秋山と金子のやりとりに客席も思わずもらい泣き......しそうになったその瞬間、「達成感でいっぱいですね、僕は」と元気に語って涙を吹き飛ばしてくれた大塚。「約3年間、常に他の作品のリハーサルと並行しながらのクリエイションで、僕らが『かぐや姫』だけに全力集中できたのはこの2週間だけ。みんなで『やるぞ!』とスイッチを入れて、ここまで走ってきたんだから、僕らは自分たちを褒めなきゃダメですよ!」。帝の他に四大臣役も踊った大塚の言葉に、会場は大きな笑顔と拍手に包まれました。
秋山からは、ラストシーンについて興味深いエピソードが。「かぐや姫は自分で月に帰るのか、それともお迎えが来て連れていかれるのか。それは観る人に委ねられています。でも初日の終演後、穣さんたちからひとつアドバイスをいただいて。それは『かぐやが道児や帝に裏切られたから帰る、という印象にはならないように気をつけてほしい』ということ。そのためには1幕、2幕、そして3幕と、どういうあり方で演じるかをもう一度考えてほしいと。2回演じられたからこそ試せたことがたくさんありました」。
金子仁美(左)、秋山 瑛(中央)、大塚 卓(右)
かぐや姫が月へと昇っていく、あの美しい階段がじつは「下が透けて見えるし、けっこう揺れる」(秋山・金子)という秘話なども披露されたところで、楽しいトークはそろそろ終わりの時間に。最後は11月11日(土)に開幕が迫る新制作『眠れる森の美女』について、3人それぞれが意気込みを語ってお開きとなりました。
「斎藤友佳理監督のこだわりが細部まで詰まっていて、さりげなく見える踊りにも難しいテクニックがたくさん入っている。しっかり準備しますので、ぜひ観にいらしてください!」(大塚)
「先日バレエ団に衣裳が到着して、『わあ、こんな衣裳なんだ!』『可愛い!』『なんだろうこれは?』って(笑)、私たちもわくわくしたところです。オーロラ姫は純度の高いクラシック。かぐや姫で培ったものも生かしつつ、クラシックにきちんと戻れるようにがんばります」(秋山)
「『眠れる森の美女』は王道のクラシックでごまかしのきかない踊りばかり。日常のレッスンから気をつけて整えていく必要があるなと思っています。新しい舞台装置と衣裳で、早く舞台に立ちたい。みなさん、応援をよろしくお願いします!」(金子)
取材・文/阿部さや子
レポート2023/10/11
全幕世界初演までいよいよ2週間を切った「かぐや姫」。10月6日(金)に行われたプレス向けの公開リハーサルで、今回初お目見えとなる第3幕が披露されました。その様子をバレエライターの齊藤希史子さんにレポートしていただきました。
「白」のカタストロフィー
新月が半月に太り、やがて満月となるように、1幕ごとに披露されてきた「かぐや姫」がこの秋、ついにその全貌を現す。2年7カ月に及んだ制作も大詰めだ。独特の高揚感をたたえる東京バレエ団のスタジオでこのほど、第3幕のリハーサル見学会が開かれた。
「OK、いきましょうか」
演出・振付の金森穣の声がスタジオに響く。ドビュッシー「ビリティスの歌」より第7曲「無名の墓」が流れる中、力なく横たわり虚空を見つめるかぐや姫・秋山瑛。しんしんと降る雪を眺めているのだろうか。姫がうつむき、眠りに落ちると、光の精たちが走り込んでくる。古典作品「ドン・キホーテ」などでおなじみの「夢の場面」だが、ここではどこかまがまがしい。初恋相手の道児・柄本弾や帝・大塚卓、4人の大臣ら、姫を取り巻く男たちが次々に現れては、光の精に絡め取られていく。
悪夢から覚めても、かぐや姫の現実は厳しい。養い親の翁に、大臣のいずれかを選んで嫁ぐように命じられる。左手の薬指を指して「結婚」を示すなど、翁役・木村和夫の古式ゆかしいマイムが、かえって新鮮に映った。いちはやく豪華な結納品を手に入れて姫の歓心を買おうと、走り去る大臣たち。
帝が登場し、かぐや姫に思いの丈をぶつける。「子供の領分」から第4曲「雪は踊っている」が使われているのは、冬の景にふさわしい。当初は構想になかったが、演者の個性に触発されて加えられたというこのパ・ド・ドゥ。孤独を分かち合いながらも縮まることのない両者の距離感を、秋山と大塚が痛切に描き出していく。帝は断腸の思いで、かぐや姫を手放す。
ところが里では、結納品を探す大臣らが竹やぶを荒らし、民の怒りを買っていた。小競り合いはやがて、太刀を振るう都人と鎌を手にした村人の全面戦争に発展する。帝の正室の影姫・沖香菜子をはじめ宮女らも駆け付ける中、なすすべもなく立ち尽くすかぐや姫......。牧歌的な原作からは想像もつかない、怒濤のごときカタストロフィー(破局)だ。
「月への帰還というSF的な大団円を、どう演出するのか」。『かぐや姫』、すなわち日本最古の小説『竹取物語』の舞台化が報じられた時から、観客の誰もが想像を巡らしてきたに違いない場面だ。本拠・Noismで数々の「劇的舞踊」を手掛けてきた金森の手腕が、ここで最大限に発揮される。本番を前に詳述は控えるが、極めて幻想的かつ切ない幕切れが用意されている、とだけ予告しておこう。「最後はこの音楽と、初めから決めていた」というピアノ独奏曲「夢想」が、物語を静かに結んでいく。かぐや姫が月へと帰り、全てが終わると、かたずをのんで見守っていたこちらも、ふと長い夢から覚めたような心地になった。
命が萌え出る春の景色から始まった「かぐや姫」。第1幕では、大海原や竹やぶの緑が輝いていた。秋を迎えた第2幕は、紅葉のように赤い装置が、道児と引き離されて宮中に送り込まれたかぐや姫の血の涙を連想させた。では第3幕は? 金森によると「白」だ。古典全幕作品に必須のバレエ・ブラン(白の場面)が、雪に託されて展開されるのである。純白は浄化の象徴だが、かぐや姫は彼女を愛する人々によって傷つけられ、とことん嘆き悲しんでいる。彼女をこの世につなぎ留めていた道児との恋さえも、淡雪のように消えてしまうのだ。21世紀のバレエ・ブランはほろ苦く、凄絶な美しさに満ちている。
白の世界で暗躍する黒衣(くろご)たちも、第3幕の白眉と言えるだろう。慟哭するかぐや姫をいざなう一方、翁のさもしい煩悩を操っているようでもある彼ら。確かにそこにいて、重要な役割を負っていながら、「いないことになっている」存在。黒衣たちこそが、影の主役なのかもしれない。登場人物の痛みを降りしきる白雪が覆い、黒衣たちの暗躍を月光が照らす......。実に日本的な様式美が、終幕を飾っている。
「かぐや姫は地球に何を残したのか」。制作中の振付家に対し、繰り返し発されてきた問いである。その度に「答えを見せるというよりは、ご覧くださる方々の中に、問い自体を残したい」と語ってきた金森。全幕初演の幕が開き、舞台上で四季が巡って物語が閉じた時、そこにはどんな問いが残るのだろうか。(敬称略)
取材・文 齊藤希史子(バレエライター)
photos: Shoko Matsuhashi