東京バレエ団のスタジオでは、来月初演する『海賊』に向けて連日熱いリハーサルが行われています。今回の公演で初日のヒロイン、メドーラ役を演じるのは上野水香。これまでも東京バレエ団で数々の初演作品に主演してきた上野を加藤智子さん(フリーライター)に取材していただきました!
──アンナ=マリー・ホームズさんのリハーサルが進行中ですね。
上野水香 とても優しい方ですね。温かくて、でも言うべきことは言ってくださる。ロシアで学び、プリマとして活躍して、芸術監督、また振付をされたりと、長いキャリアをお持ちの方です。初めて東京バレエ団にいらして、私たちを新鮮な目で見て、これまでに受けたことのないようなアドバイスをくださるので、本当に驚きます。たとえば、ホームズさんの言われる通りにすると、今までできなかった回数を回れてしまう──! それを本番でやるかどうかは別としても、いま、この年齢になって新たにできるようになることがあるんだ!と嬉しくなりました。
──『海賊』の魅力はどんなところにあるのでしょうか?
上野 子どもの頃、初めて見た『海賊』がキーロフ・バレエの映像でした。メドーラのアルティナイ・アスィルムラートワがとても可愛らしくて、ファルフ・ルジマトフのアリが凄くて! これがあまりにも強く心に残っていたものだから、ABTが全幕をホームズ版で上演したというのをテレビで見た時は、ああ、楽しい作品なんだなと感じる程度でした。ところが、今回、ホームズ版に挑戦する前に、あらためてABTの映像を見直してみたら、宮川新大くんが「ハマった」と言う意味がよくわかったんです!(2月上旬に開催された記者懇親会で宮川は、シュツットガルトに留学していた頃、「ABTのビデオを見て夜な夜なマネをしていた」と告白!)これは確かにハマる要素がある、と思ったんです。そのうちの一つが、音楽性。この音でこの表情、この音でこの動き、というところが実に音楽的なんです。実は、英国ロイヤル・バレエ団のマカロワ版『ラ・バヤデール』もそこが素晴らしくて、すっかりハマっていました。私も今回、この点に注意して、常に音を絶対に外さないようにと意識して取り組んでいます。
──稽古場は、初演ならではの熱気ですね。
上野 皆で力を合わせている感じが、とっても楽しいんです。初めての演目なので、最初の頃は出番のタイミングが把握できていなくて、沖香菜子ちゃんに「いまです、ハイ!」と背中を押してもらったこともあるんです(笑)。この楽しさが、そのまま皆さんに伝わればいいなと思っています。
──メドーラはどんな役柄でしょうか?
上野 このヴァージョンのメドーラはお姫さまとか舞姫とは違って、"普通の女性"。等身大の女性として、特別に作り込まず、ストーリーの中で自然に生きれることができれば、と思うんです。ABT の映像のジュリー(・ケント)を見て、そう感じました。あのメドーラは彼女そのものだ、と! 今回も、"上野水香のメドーラ"を見ていただけるのではないかと思います。
ただし、このバレエはとてもハード(笑)! とくに第1幕のヴァリエーションはすごく長くて! こんなに長いクラシックのヴァリエーションは初めてです。
──今回の見どころについてお話ください。
上野 バレエ団で『海賊』を初演する、そのこと自体が大きな見どころかと思います。古典でありながら、新しい。皆さんにとってお馴染みの東京バレエ団のダンサーたちが、これまで見せたことのない、新しい顔を見せるはず。クラシックだけど、新しい何か!なんです。今まで私のことを見てくださっていた方にとっても、見たことあるようで全く新しい上野水香を、また、全く新しい東京バレエ団を、見ていただけると思います! それに、初演には初演ならではの緊張感がありますよね。この先どうなるか、お客さまも舞台の上のダンサーたちにもわからない。そこにスポットライトが当てられる瞬間を、見逃さないでいただけたらと思うんです。
──なるほど、初演は1回きりですよね。
上野 たとえば、2009年のマカロワ版『ラ・バヤデール』のバレエ団初演の時は、自分の中でも奇跡のように集中できたことを覚えています。マカロワさんご自身がいらしていたことも、作品の力も影響していたかと思いますが、あのときは"特別"でした。再演以降には感じられなかったことです。もちろん再演には再演の、練られたものならではの良さがあるけれど、1回目だからこその独特の空気。それはぜひご覧になって、心に残していただけたら嬉しいです。どうぞ、見逃さないでくださいね!
取材・文:加藤智子(フリーライター)
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