まもなく初日をむかえる東京バレエ団ブルメイステル版「白鳥の湖」。東京バレエ団の代名詞でもある一糸乱れぬ第2幕のコール・ド・バレエ(群舞)は大きな見せ場となっています。そこで、その秘密にせまるべく、コール・ドの指導にあたる佐野志織(東京バレエ団バレエミストレス)を加藤智子さん(フリーライター)に取材していただきました。指導者の目線から「白鳥の湖」がみえてくるとても興味深いインタビューです。ぜひご一読ください。
──指導者の立場から、美しいコール・ド・バレエの条件とは、どのようなものと捉えられていますか。
佐野志織 まず、基本的なフォーム、フォーメーションなどを皆で揃えるというのは当たり前ですが、それプラス、呼吸とか、一人ひとりのあり方のようなものが必要だと思っています。ただ形や角度が揃っていればいいというわけではなく、コール・ド・バレエの中の、ある一人にポンとスポットライトが当てられたとしても、バレリーナとして、白鳥として、主役のオデットと同じくらいの存在としていられるようにしてほしい──。いつも、そう皆に言っています。そうしてこそ主役も一層引き立ち、輝いて見えると思うのです。
──皆さん、それを実践していらっしゃるわけですね。
佐野 踊っているほうは必死だと思います(笑)。そこまで行き着いてはいないかもしれないけれど、「やろうとする」ということの積み重ねですね。初めてコール・ドに入るダンサーがいるいっぽうで、皆を引っ張っていく経験者もいますから、私が指導するだけでなく、ダンサーたち自身が話し合ったり、かなり細かいところを指摘し合いながら作り上げていっています。これはもう東京バレエ団の伝統です。東京バレエ団のコール・ドの美しさを崩してはならない、というプライドのようなものもありますから、指先の向き、角度、重心の置き方も、細かいところまで、一人ひとりの意識は高いですね。
──さらに、バレエ・ブラン(白いバレエ)ならではの美しさを追求しなければいけませんね。
佐野 まずはその物語のなかでどうあるべきか、です。白いバレエといっても、作品によって少しトーンが違ってくる──たとえば『ジゼル』は、冷たくて、透明な、氷の芯の青い感じ。『ラ・バヤデール』ならば、アヘンの夢の中で、ニキヤの影、幻想が見えるという状況ですから、冷たくもないし、温かすぎることもない。ジゼルもニキヤも死んだ存在という意味では同じだけれど、『ジゼル』のウィリの世界のあり方と『ラ・バヤデール』の影の王国では、同じ「白」でも違って見えてくるでしょう。
では『白鳥』はどうかというと、オデットという女性が白鳥の姿に変えられてしまったように、コール・ドの白鳥たちも一人ひとりが生きているはず。羽毛のような温かみのある世界ではないかと思うのです。
──第2幕と第4幕でも、また世界が違いますね。
佐野 そうなんです。2幕の中だけでも、最初は楚楚とした佇まいのオデットですが、王子と出会って徐々に愛情が湧きあがってきて、白鳥たちもそれを見守って──、というように、少し変化があります。4幕では、打ちひしがれたオデットが帰ってきて、彼女を迎える白鳥たちにも悲しみが広がる。続いてオデットを守るためにロットバルトと戦う場面もあり、精神的な強さも必要になってくる。
白鳥のコール・ドには、そうした意思の力が働くと感じます。そこには、ウィリのような厳然たる拒絶とは違った、いろんな感情がある。一人ひとりが分析し、ああしようこうしようとは考えていないかもしれないけれど、音楽、振付が導いてくれているところもあるし、表現としてそうならざるを得ないものもあるわけです。
─― 一人ひとりがしっかりと踊れば、自ずとそうなり、皆が揃う、ということですね。
佐野 たとえば同じメソッドでしっかり育ってきた人たちが集まっているロシアのバレエ団のコール・ドなどは、この角度で頭の付け方はこうで、絶対にこうなる!というのがあって、それは本当にすごいなと思います。東京バレエ団のダンサーも選ばれて入ってきた人たちではあるけれど、一人ひとり千差万別なので、揃えるよう、いろいろと工夫が必要です。そのいっぽうで、一人ひとりの踊り手としてのあり方のようなものは、なくしちゃいけないなと。
皆には、その両方を追求してほしいのですが、まあでも、まずは揃えるところから、となると、「◯◯ちゃん! そこ違うーっ!!」となりがちで(笑)。
私自身もそうでしたが、コール・ドで踊っているときに、舞台上でふと、皆が一つになっていると感じる瞬間がよくあるもの。二十数人くらいで踊っていても、まるで一人で踊っているかのように感じることが。もちろん、技術的なことをそれまでに徹底してやってきているからこそ、ですが、それはとても心地のよいものでした。
──では、東京バレエ団の『白鳥の湖』、見どころを教えてください。
佐野 第2幕のコール・ドが、形だけでなく心も一つになって踊っている、その空気感と、白鳥の羽ばたきみたいなものを感じ取っていただけたら。第3幕の個性的なキャラクター・ダンスとの対比もすごく鮮やかに出てくるのではないかなと思います。一人ひとりが生き生きと踊っているコール・ドを、ぜひご覧になっていただきたいですね。
──世界に通用するバレエ団を作るためには、アンサンブルを強化すべし、と考えたのは創設者の佐々木忠次氏(故人)ですね。
佐野 こうしたら佐々木さんに叱られるかなとか、喜んでくれるかな、という思いは、自分の中に常にあります。舞台上の踊りだけでなく、楽屋や舞台袖での行動や日常生活まで、舞台人としてのあり方をとても厳しく教えられました。確かに、普段のそういうところは舞台のちょっとしたところで出てしまいますから、私も、日頃からしつこく言ってお説教しています(笑)。
取材・文:加藤智子(フリーライター)
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