11/6(土)、11/7(日)に上演する「中国の不思議な役人」には、東京バレエ団初演から小林十市さん(元モーリス・ベジャール・バレエ団)が来団し、指導にあたっています。本作の初演キャストの1人でもある小林さんに改めて作品の魅力を伺いました。今回の上演にまつわる貴重なエピソードが満載のロングインタビューです。ぜひご一読ください。
──『中国の不思議な役人』はベジャール1992年の作品ですが、小林さんもモーリス・ベジャール・バレエ団(BBL)のダンサーの一人として創作の場に立ち合われていますね。
小林十市 ベジャールさんが「より密度の高い創作活動をしたい」とカンパニーを縮小し、最初に創ったバレエがこの『中国の不思議な役人』です。当初僕は、アンサンブルの一人として参加していました。60人以上いたダンサーが25人になり、カンパニー内の風通しが良くなった分、誰も群舞の中にまぎれることなく、「一人ひとりがソリストと思ってやってほしい」とベジャールさんに言われた記憶があります。
東京バレエ団では2004年の初演からこの作品を指導させてもらっていますが、実はその際、アンサンブルの人数を増やしました。とはいっても限度がある。増やしすぎると音の長さが足りなくなり、うまくはまらなくなる。4人増が最大限でした。
──今回、併演する作品のリハーサルとの兼ね合いで、役の割り振りに工夫をされたと聞きました。終盤で役人に対して送り込まれるランジェリー姿の女性たちは、通常、前半では男性の衣裳を着てアンサンブルに参加し、その後衣裳を変えて登場していましたが、今回は独立した役としてキャスティングされたそうですね。
小林 リハーサルの進行の関係で、彼女たちには終盤のランジェリーの場面だけに出てもらいます。実は彼女たちには「幽閉された女たち」という役名があるんです。ベジャールさんは、「青ひげ」*に出てくる女性たちだと言っていました。無頼漢の首領(シェフ)が、青ひげに幽閉された女性を連れてきて仕事をさせているんだと。
*ペローの童話に収録された、「青ひげ」は、先妻たちをあやめた残忍な男の物語。これに想を得てベラ・バラージュが台本を書いた『青髭公の城』は、1918年に発表されたバルトーク唯一のオペラ。
キャラクターとして生き、その場に存在してくれないと作品として成り立たない
──数あるベジャール作品の中で、これはどのような位置づけにある作品といえるでしょうか。
小林 芝居の要素が強い作品です。僕が皆に求めるのも、バレエのマイムではなく、"道端のリアクション"──普段、何かを見たり観察したりした時に身体がどう反応するのか、どう思考するのか、が重要で、作品の中の出来事を今、そこで起こっていることとして捉えてくださいと、ダンサーたちに言っています。
まだまだ皆には戸惑いがあるようです。この作品に関しては動きができていればいいというわけではなく、キャラクターとして生き、その場に存在してくれないと作品として成り立たない。あの無頼漢の一味は、ストリートギャングで、飢えていて貪欲で、人を出し抜いても利益を得たいという連中の集まり。そうした感覚に基づく一体感があれば、この作品独特のダークな世界観が見えてくるのではないかと思います。
──タイトルロールとともに重要な役割を担うのが、「娘」です。どのような役作りを求められますか。
小林 どこか人間臭く、グロテスクなものが混じり合ったようなところが出るといい。綺麗に演じようとしてはいけないと思います
「若い男」を簡単に騙し、お金を奪って得意気になっていたら、今度は全然違うタイプの「役人」が来て、これにどう対処していいかわからない。不安に襲われ、緊張し、身体をこわばらせる。そんな娘を言いくるめようとするシェフの狡猾さも見えると、面白い。どんなふうに言って娘を安心させ、仕事をさせることができるのか。それをセリフなしでどう表現するか。それは、自身の中に言葉を持っていないと動きには現れません。リハーサルでは、ダンサーが身体で表現するそのセリフは合っているのか、辻褄は合っているのか、ということに注意して見ています。ベジャールさんの動きは音にぴったりとはまっているのですから、あとは、音楽通りに動けば客席に伝わると思います。
BBLでは相当の時間をかけてこれを初演し、その後何シーズンにもわたって、ツアーで上演してはローザンヌに戻ってまた一からリハーサル、ということを繰り返していました。それを東京バレエ団では3週間で上演する──。僕の責任はとても重いです(笑)! 初めて観た人に、「なんだ、これがベジャール?」ではなく、「なんかよくわかんないけどよかった」って言われたいし、お客さまにあの世界観を受け取っていただけるようにしたい。
リハーサルより。中央は 第二の無頼漢ー娘 を演じる宮川新大
バルトークの音楽の凄みがベジャールさんの振付で立体化される
──あらためて、この作品の魅力はどんなところにあると思いますか。
小林 九十何年のことだったか、フランス・ツアー中になぜか客席で『中国の不思議な役人』を観たことがあります。役人を演じていたのはジル・ロマン(現モーリス・ベジャール・バレエ団芸術監督)。言葉がないのに、まるで、音がセリフのように感じられ、会話が見えるように思えて、鳥肌が立ちました。バルトークの音楽の凄みが、ベジャールさんの振付で立体化されたように思えて、凄いなと感じたのを覚えています。
──創作現場に立ち合われたことはとても大きな体験だったのではないでしょうか。
小林 ベジャールさんの言葉や動きで強く印象に残っているものがあります。たとえば、「ワシのように」とか、「虎の爪のように」とか──部分的に鮮明に覚えているものがあります。東京バレエ団で指導するたびに見ているのが、1994年のBBL日本公演を収録した、NHKで放映された映像なのですが、今見ると皆、教えられた振付をちゃんとやっていないんですよ(笑)。それでも作品として成立しているというのは、皆が役として舞台上にいるからです。
僕は当初、役人と娘の両役のセカンドキャストでした。スタジオに張り出された配役表には、役人が上からジル・ロマン、ジュウイチ・コバヤシ、ドメニコ・ルヴレと書いてあり、娘のほうにはクーン・オンズィア、ジュウイチ・コバヤシ、ファブリス・セラフィノと書いてあったんです。でも両方はできませんと、迷わず役人のほうに専念(笑)。実際、その後僕は役人を踊り、娘役はファブリスが踊っていましたが、実は僕も、1995年に1回だけ、娘役を踊りました。これもフランス・ツアー中。役人はドメニコで、僕は和のルックスを活かした狐のお化けみたいなメイク(笑)。その舞台、すごく楽しかったです!
モーリス・ベジャール・バレエ団の公演より。中国の役人を演じる小林十市
無頼漢の首領役、鳥海創を指導する小林十市
メンバーの関係性が創作に活かされた初演
──リハーサルでは、シェフと娘の関係性、その表現をとても重視されているそうですね。
小林 そうなんです。ダンサーたちにも言いましたが、1日の仕事が終わって、今日どれくらい稼いだかとお金を数えるのは、絶対あのシェフと娘の二人でしょう。他の下っ端たちはそこには入っていけない。とくに役人の登場シーンは、二人の親密さを垣間見ることができる面白い場面です。
ベジャールさんは、初演メンバーたちの関係性を創作に利用しています。初演の娘役のクーンはベルギー人ですが、イングリッシュ・ナショナル・バレエで活躍していた。シェフのマーティン・フレミングは、オーストラリア・バレエ団出身で、つまり、二人とも英国の文化圏で活躍したベースがあり、近しいものがあった。たまらなく絶妙なコンビなんですよ。笑ってしまうほどに!
1994年の映像も本当にすごくて、クーンがいて、さらにジルがいる。ジルは本気で怒っているのではないかと思えるほど、リアル。本当にそこで起きている生の感情が、この舞台の上にある。まさに"神回"(笑)! これは僕にとってのバイブルで、今回も改めて見直し、そこに近づけていくためのサポートをしたいと思って取り組んでいます。
毎回、新たに気がつくことがある
──東京バレエ団で指導することで、新たな発見はありましたか。
小林 毎回ベストを尽くしてきたはずなのだけれど、なぜかまた新たに気付くことがある! たとえば今日リハーサルした場面──。役人に手こずった娘は、シェフのもとに戻る。でもシェフはアコーディオンを弾いて自分の世界に入っているので、娘は苛つき、彼を小突くという場面です。あれはただ単に間を取っているのではなく、役人から一時的に逃げて、シェフに助けを求めに行くんだなということが、今回初めてわかった(笑)。音楽も実はとてもゆるやかで、シェフは娘を穏やかに説得する。今まではわりと激しくやっていたのだけれど、そこは少し変えています。あとは、ダンサーたちがしっかり彼らの親密さを出してくれたらと思うのですが、こんなふうに毎回、新たに気になってくることがあるのです。
──今回の公演は、ベジャール作品、キリアン作品、金森穣さんによる世界初演作品のトリプル・ビルとなりますが、このプログラムについてはいかがですか。
小林 これはもう、穣くんヒストリーです。1992年にバレエ団が縮小された時、同時に設立されたのが学校=ルードラです。穣くんはこの年、ルードラの第一期生として入ってきて、『中国』の創作時には同じ場所にいたわけです。そしてその後彼が活躍したのはキリアンのカンパニーでした。深い縁を感じます。
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