ポーランド、オーストリア、イタリアの5都市をめぐり、どの地でも熱く迎えられたこの夏の〈第34次海外公演〉。先だってお届けしたウィーン国立歌劇場公演につづいて、イタリアの舞台芸術の殿堂ミラノ・スカラ座、古代ローマ遺跡を舞台に設えたカラカラ野外劇場、そして東京バレエ団として初めてその地を踏んだポーランドのウッチ歌劇場公演の現地批評を抜粋でご紹介します。
ミラノ・スカラ座「春の祭典」カーテンコール photo: Marco Brescia and Rudy Amisano/Teatro alla Scala
【イタリア、ミラノ・スカラ座】
●グラミラノ Gramilano 2019年7月22日東京バレエ団がイタリア・ツアーの一環として、9年ぶりにミラノに戻ってきた。4日間の滞在で、カンパニー「最大のヒット」を含む2演目を見せた。バランシンの「セレナーデ」、キリアンの「ドリーム・タイム」、ベジャールの「春の祭典」のトリプル・ビルと、ベジャールの「ザ・カブキ」。
「セレナーデ」は、「カスタ・ディーヴァ」〔きよらかな女神よ、ノルマより〕を思わせる神秘的な冒頭から、ダンサーたちが繊細に、滑らかに集合するシークエンス、そして極めてしなやかなポール・ドゥ・ブラまで、目を見張る美しさだ。17人のダンサーがグループとなって幾何学を織りなす冒頭は、きわめてバランシン的なアプローチであり、それが最後まで貫かれるのだが、アンサンブルが絶え間なく流動的にフォルムを形成し、再形成するたびに、景色が速やかに立ち現われ、消えていく。最小の動きでも、多くのダンサーが同じ動きをとることで、その効果は増幅される──女性ダンサーの、力強く曲げられた腕が優しく解かれていったり、脚が5番から6番のポジションへ移動されるとき──その増幅が、かすかな動きを魅力的に、そして力強くもさせているのだ。
上野水香がまだ見事に踊っているのを観られたのは光栄だった。Angel役(主役)の彼女は大胆不敵だった。他の女性のメインロールを踊った川島麻実子と将来が楽しみなセカンド・ソリスト中川美雪も印象的。秋元康臣とワルツを踊った川島は神秘的であったし、秋元も魅力溢れるダンサーだ。バランシンが最後に描いた場面、バックステージから対角線に差す光の矢を追うようにAngelが高々とリフトされる光景は、たとえ予期していても、背筋に震えを走らせる。
ポール・マーフィー指揮、スカラ座アカデミー・オーケストラにより演奏されたチャイコフスキーの至福の30分の作品「弦楽セレナード」は、今月、先に上演された「眠れる森の美女」でスカラ座のメインの管弦楽団が演奏した弛んだ音に比べ、より引き締まり、ニュアンス豊かな心地よいものであった。
イリ・キリアンが1983年に創作した「ドリーム・タイム」は、ネザーランド・ダンス・シアターのために武満徹のオーケストラ作品に振付けられた。キリアンに招かれてオーストラリアを訪問した武満は、そこで見た原住民のダンサー、歌手、語り部に、大いに霊感を受けた。背景幕にひっかかれたようなシンプルな部族的な縞模様など、ジョン・マクファーレンの美術は今でもモダンだ。要求度の高い動きを、3人の女性と2人の男性たちがトリオ、デュエット、ソロで踊るのだが、東京バレエ団のダンサーたちは素晴らしかった。明白な愛の瞬間であっても、死の深い闇がまとわりついているのだ。
モーリス・ベジャールの「春の祭典」を再び観ることができたのは大変嬉しかった。東京バレエ団は同作品を堂々と演じるだけのスタミナと見事な技術を備えていた。「どうかこのバレエが、あらゆる絵画的な技巧から解き放たれ、肉体の深淵における男と女の結合、天と地の融合、春のように永遠に続く生と死の讃歌とならんことを!」とベジャールは言っている。
ベジャール作品のすべてが不朽であるとは思わないが、しかし「春の祭典」はその主題通り、不滅である。動物的な動き――鹿の頭突き、警戒するミーアキャット、猫のようにトタン屋根の上で四つ足で飛び跳ねたり──それらすべてがダンスの動きとなる。男性ダンサーたちが力ずくのジャンプで対角線に舞台からはけていくのは、奇しくも「セレナーデ」のエンディングを思わせた。生贄役の樋口祐輝は素晴らしかった。二人のリーダー役では、メキシコ人ダンサーのブラウリオ・アルバレスの個性がひときわ際立っていた(彼は「セレナーデ」でも非常に良かった)。
ローマ カラカラ野外劇場「春の祭典」 photo: Giulia Guccione/TOR
【イタリア、ローマ カラカラ野外劇場】
●テアトリオンライン Teatrionline ファビアーナ・ラポーニ著 2019年6月30日19世紀クラシックバレエにおける清澄な動きから、民族音楽風のリズムが盛り上げるモダンバレエの振付、さらには、20世紀の傑作のほとんど原始的ともいえるダンスにいたるまで、東京バレエ団は、技術と表現の高みを究めた驚異的な実力を示した。
6月26日。その晩、ローマ歌劇場サマーシーズンの一環として、カラカラ帝大浴場跡というすばらしいロケーションで催された日本のバレエ団の公演が、ほぼ完璧に近い舞台によって観客を陶酔させた。あらゆる面にいきわたった彼らの技量の多彩さこそは、世界でますます高まっている人気の理由でもある。
ダンサーたちは、身についた技で、いともやすやすと、なんの苦もなく体を動かしているかのように見える。どんな種類のステップも、どんなシンメトリカルなラインも、きわめて自然にこなし、それでいて動きはあくまでも優美。しかも表現力やエネルギーを決してないがしろにすることはない。モーリス・ベジャールが東京バレエ団に彼のいくつかの傑作バレエを「独占的」に上演する権利を与えたのは偶然ではないことがうなずける。その東京バレエ団が、大浴場跡でのデビュー公演から5年を経て、再びローマの観客を魅了するために帰ってきた。
東京バレエ団創設50周年にあたる2014年のデビュー公演では、ベジャール作品のみによるプログラムが組まれていたが、今回はより多彩な演目が用意された。そして公演では、どのようなレパートリーにおいても、その精神を裏切ることなく演じきる技量の高さが際立った。
今回のプログラムの心臓であり、奉献でもある、ストラヴィンスキーの音楽(録音)とベジャールの振付(バランシンによれば、最高の振付)による驚異の「春の祭典」は、ほとんど野性的ともいえる、始原の世界と原始時代への賛歌である。踊り手は二つの集団に分けられ、最初は男たちが、つづいて女たちが出会い、対峙し、最後の融合の場ではそれぞれ生贄の男と女が選ばれる。
ダンサーたちの動きは大きくしなやかで、本能を解き放ったかのように野性的だが、常に優雅さを失うことなく、春の永遠の回帰を言祝ぐために二人の生贄が和合することを示す。
この傑作に比類のない完成度で挑んだ日本のバレエ団は、息もつかせぬスピードで肉体をもつれ合わせながら、このうえなく官能的な戦いを展開する。東京バレエ団はこの作品をすでに5年前にローマの観客に披露しているが、そのできばえは今回も変わらず、圧巻である。
ローマ、カラカラ野外劇場「ラ・バヤデール」より"影の王国" photo: Yasuko Kageyama/TOR
この夜の前半は、「ラ・バヤデール」第3幕、「影の王国」のすばらしい舞台で幕を開けた。ニキヤとソロル、二人のソリストがパ・ド・ドゥを優雅に踊る一方で、バレエ団全員の振付の完成度や、まるで幻影を見るかのように完璧な動きは、信じられないほど見事にきまっていた。ミリ単位の精度で揃った彼らの動きは一体となって、息を呑むほどの純粋きわまりないラインを描き出した。
プログラムの中央に置かれたフェリックス・ブラスカ振付の「タムタム」もまた、驚嘆の一語に尽きる。ダンサーたちは、舞台上で音楽家が奏でる魅惑的な部族のリズムにその鼓動を合わせる。
東京バレエ団は、どのような種類の芸術上の要求に対しても、また、高度な西洋や東洋の傑作のどのような振付に対しても、比類なく完璧なスタイルで応えることのできるバレエ団であり、さらにそれが、個々のソリストの力量もさることながら、何よりもバレエ団としての驚異的なエネルギーから生まれるものであることを証明してみせた。
互いにきわめて異なる3作品は、このバレエ団の多彩なレパートリーと技量の高さをまざまざと実感させるもの。
東京バレエ団は、東洋趣味に陥ることなく、旋律美にあふれる音楽の絨毯に乗せて抽象的な解釈をほどこした。
カラカラ帝大浴場跡での公演は、まちがいなく、どこよりも魅力的な舞台となった。というのも、交錯する光に照らし出された廃虚が、(楽譜とも振付とも調和する)唯一無二の存在感を示したからである。
公演は大成功。次回が待たれる。
【ポーランド、ウッチ歌劇場】
●カレイドスコープ Kalejdoskop マグダレナ・サシン著 2019年7月1日日本の若者のグループがパーティーをしている-ヘビメタのリズム、タブレット端末、携帯電話。しかしそこには若者らしい覇気が感じられない。その中の一人が、唐突に侍の刀を見つける。その時、日本の伝統的な音楽が流れ始め、主人公は過去へとタイムスリップをする・・・このようにして始まるのが、東京バレエ団の「ザ・カブキ」である。
日本の伝統演劇である歌舞伎をもとに作られたこの舞台は、桜咲く国(訳注:日本の別称)の伝統と文化を感じられるものである。ウッチ・バレエフェスティバルにこのプログラムが選ばれたのは偶然ではなかった-本年は日本とポーランドの国交樹立100周年、そして東京バレエ団の創立55周年という年であり、この演目の上演回数は200回に上る。「ザ・カブキ」を以て、第25回となるウッチ国立歌劇場でのフェスティバルは幕を下ろしたのであった。
「ザ・カブキ」は非常に洗練され、美しい作品である。この作品の鑑賞は、かつての日本への小旅行そのもの。貴族の女性たちが身にまとった色とりどりの着物の美しさ、主演ダンサーたちのぱきっとした化粧-これは隈取りというもので、演者の顔つきを誇張なまでに強調する歌舞伎に特徴的な化粧法である-そのすべてが観客の心を捉える。現実的な脚本は、一見面白みがなく、安っぽくさえ思われるが、それもが歌舞伎の伝統に結びついているのである。現代的な要素はといえば、日本の国旗がグラフィックデザインにより形を変えていたことであった。
歴史における大半の期間、歌舞伎の舞台で女性が演じることはできず、女形は男性が行っていた。東京バレエ団では、それは当てはまらない。踊り手たちは男性も女性も非常に技術が高く、自身を思いのままに表現している。特に目を引いたのは第二幕の浪人の群の踊りである。舞台上のモノトーンが、彼らの鋭さを際立たせる。歌舞伎の中で動きを止めたポーズ(所謂「見得」)を表現として使い、これにより主人公の感情や個性を表現する。この見得をバレエの技術と組み合わせた時、秀逸な効果が生まれる。踊り手が舞台の上で生きた絵画を描いているようで、それが観客の記憶に長く残る。その印象を、日本の伝統音楽と20世紀の前衛の流れを合わせた音楽がさらに強める。この作品の作者である故・黛敏郎は日本の特に優れた作曲家として名が挙げられている。
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