めぐろバレエ祭り 2023/08/31
バレエ好きにとっての夏の風物詩。今年も8月21日(月)〜27日(日)に、めぐろパーシモンホールにて「めぐろバレエ祭り」が開催されました。
子どもから大人まで、延べ8,000人以上が集った7日間の模様をご紹介します。
21日から23日の3日間繰り広げられたのが、東京バレエ団附属東京バレエ学校のスクールパフォーマンス。未来のダンサーを目指す生徒たちの元気いっぱいのステージはフレッシュな魅力にあふれ、客席からは大きな拍手が湧き起こっていました。
東京バレエ団のダンサーたちと身近に触れ合うことができるのも、「めぐろバレエ祭り」ならではの大きな魅力です。上野水香による「ジゼル」レッスンや、沖香菜子と秋元康臣による「セギディリヤを踊ろう」では、憧れのプリンシパルによる直々の指導に、はじめは緊張気味だった参加者の皆さんもアドバイスに熱心に耳を傾け、どんどん練習に熱が入っていきます。プロによるレッスンを受けたことはそれぞれの今後のバレエ人生にとって大切な宝物となることでしょう。
上野水香のジゼル・レッスン! より
「東京バレエ団公開レッスン」では、大ホールの舞台上がレッスンスタジオに早替わり。この後「ドン・キホーテの夢」に登場するダンサーを中心に、まずはストレッチとバーレッスン。準備運動とはいえプロのダンサーたちの動きはしなやかで美しく、普段は目にすることのできない舞台裏での姿に子どもたちも目を輝かせて見入っていました。続いては、バレエ・スタッフ木村和夫の指導のもと、ピアノの旋律に乗せて基本の型を組み合わせたステップの練習。みっちり1時間のレッスンで体がほぐれ、より美しく仕上がっていく様子を目にすることで、舞台に立つダンサーたちの日々の鍛錬を感じることができる貴重な機会でした。
公開レッスンより photo: Koujiro Yoshikawa
「めぐろバレエ祭り」恒例の「スーパーバレエMIX BON踊り」も大賑わい。小ホール中央に設けられたやぐらに、振付指導担当の宮川新大とともに艶やかな浴衣姿の上野水香がサプライズで登場すると、ファンの方々から歓声が上がりました。会場には浴衣姿の参加者もいっぱい。小林十市(モーリス・ベジャール・バレエ団 バレエマスター) が手掛けた振付は「ボレロ」のようなステップや「ジゼル」のウィリを思わせるポーズもあり、涼しい室内でのちょっとエレガントなBON踊りを、誰もが笑顔で楽しんでいました。
スーパーバレエMIX BON踊りより photo: Koujiro Yoshikawa
大ホールでは26日、27日の2日間にわたって、子どものためのバレエ「ドン・キホーテの夢」が全4回上演されました。人気演目「ドン・キホーテ」をわかりやすくアレンジした作品は、まず舞台にサンチョ・パンサと馬のロシナンテがあらわれ、登場人物をわかりやすく紹介。客席の子どもたちに語りかける場面もあり、バレエ鑑賞は初めてという方にもわかりやすく、見応えたっぷりの舞台でした。
8/27(日)11:30「ドン・キホーテの夢」より photo: Koujiro Yoshikawa
主役のキトリ&バジルを演じたのは、秋山瑛&大塚卓、涌田美紀&池本祥真、中島映理子&生方隆之介。さらに27日の最終公演では、フィナーレに柄本弾、秋元康臣、池本祥真がバジルの衣裳をつけて飛び入り参加。さらに先ほどまで「スーパーバレエMIX BON踊り」の会場にいた浴衣姿の宮川新大や金子仁美なども登場し、「いつもありがとう これからもよろしく」と書かれた大きなメッセージボードとともに華やかな幕切れとなりました。
8/27(日)15:00 フィナーレよりphoto: Koujiro Yoshikawa
毎年、楽しみにしている方が多い体験型のワークショップも連日大盛況でした。「ミニトウシューズにデコレーションしよう!」「ティアラをつくろう」などは、たくさんの子どもたちや保護者の方で満員御礼。個性が光る作品は、夏休みの素敵な思い出の品となったことでしょう。
ミニトゥシューズにデコレーションしよう! より
最終日には小ホールのロビーで「バレエ縁日」も開催されました。「海賊の花輪投げ」や「サンチョ・パンサのボーリング」には子どもたちだけでなく大人も挑戦して熱くなる光景も。「光るバルーンを作ろう!」「バレエバックチャームを作ろう!」のワークショップでは、出来上がった完成品を嬉しそうに見せ合う子どもたちの姿も印象的でした。
バレエ縁日 ワークショップより
そして「めぐろバレエ祭り」のフィナーレを飾ったのは「ダンサーズ・トーク in めぐろ」。司会をつとめるのは、金子仁美。事前にアナウンスされていた沖香菜子、秋元康臣、池本祥真、中島映理子に加えて、「ドン・キホーテの夢」の舞台を終えたばかりの秋山瑛と大塚卓も登壇。 "「ドン・キホーテの夢」は全幕ヴァージョンよりも休憩時間が短いので主役は大変"といった裏話や、7月にメルボルンで行われたオーストラリア公演で地元の方々に暖かく迎えられたことの感激、この秋にいよいよ第三幕までの全幕上演される金森穣「かぐや姫」の初演ならではの役づくりの秘話、そして11月の新制作「眠れる森の美女」についてなど、話は尽きません。コロナ禍を経てふたたび、ファンの方々の前で舞台以外の形で再会できたことの喜びと感謝、そして今後も東京バレエ団の公演を応援してください! といったそれぞれのメッセージとともに、7日間にわたった「めぐろバレエ祭り」は無事に幕を閉じました。
ダンサーズ・トーク in めぐろより photo: Koujiro Yoshikawa
左から池本祥真、金子仁美、沖香菜子、秋山瑛、秋元康臣、大塚卓、中島映理子
バレエファンはもちろん、会場の近隣にお住まいの目黒区民の皆さまなど多くの方々に親しまれてきた「めぐろバレエ祭り」。この夏もたくさんのプログラムで、めぐろは熱く盛り上がりました。50年以上にわたって目黒を拠点に活動を続けてきた東京バレエ団のこの先の公演にも、どうぞご期待ください。
文/清水井朋子
ロングインタビュー 2023/08/23
見どころが凝縮され、子どもたちが楽しめるバレエ作品として人気を博している「子どものためのバレエ『ドン・キホーテの夢』」。2021年、2022年、そして今年と、3年連続で本作の主演を務めるソリストの涌田美紀とファースト・ソリストの池本祥真が、公演への意気込みや作品の見どころを語ります。
――「子どものためのバレエ『ドン・キホーテの夢』」でペアを組まれて3年目になります。
涌田 毎年全国ツアーがあり、公演数も多いので、3年よりも長く感じます。私は心配性なので、今でもリハーサル前から「ここ確認してもいいですか?」「この部分、一緒にお願いします」と言って付き合っていただいています。祥真さんはそこまで確認しなくても大丈夫だよ、って毎回言うんですけど(笑)。
池本 涌田さんは心配性なので、僕が完璧だと思っても本人は満足していないようです(笑)。その心配性で緻密なところが踊りの安定感につながっていると思うので、実はすごく尊敬しているんですよ。僕は自分の感覚に頼っているところがあるので、見習いたいなと。とはいえ、涌田さんはもうベテランですし(笑)、そこまでしなくても大丈夫なんじゃないかな......。
涌田 ベテランではないです(笑)。難しいテクニックが多く詰まっている作品なので、苦手なところが要所要所あります。ただ、今年は苦手な部分を克服するというよりも、いい部分をもっと増やしていこうという話をしていまして、今は一つひとつの動きをイチから見直しています。
池本 今回はトリプルキャストなのですが、中には初めて主演を踊るダンサーもいて、そちらのリハーサルがメインで行われているので、僕たちはリハーサルがほとんどないんです。ある程度自分たちに任されているぶん、責任も重大。これまで「ここは注意されていないし、特におかしくはないからこのままでもいいか」となんとなく曖昧にしてきた部分は、互いにイメージを伝え合いながら、一つひとつ丁寧に確認するようにしています。
涌田 3年目にしてようやく細部までクリアになってきた手ごたえはありますね。
―― 息がぴったり合ったお二人ですが、パートナリングは最初から上手くいっていたのでしょうか。
涌田 最初にこの「ドン・キホーテの夢」を踊ったときは、生方隆之介くんと初役同士で、お互いに手探り状態でした。その過程を経ていたことと、祥真さんはもうベテランなので(笑)、"息が合う"というよりは合わせてもらっていた感じです。今は何十回という公演を経てきて、"息が合っている"のではないかと。
池本 ちょっといいですか? 涌田さん、結構せっかちなんですよ。
涌田 それは否定しません(笑)。
池本 僕はどちらかというとのんびり屋なので、たまに僕がまだ演技をしている間に涌田さんが先に行ってしまったり、お辞儀をするときも、涌田さんのほうを見たら、僕がまだ手を差し出す前にすでにお辞儀をし始めていて......。
涌田 確かに、私が先に動き始めていることがある(笑)。
池本 もうお辞儀し出していない⁉ ちょっと待って! っていうことが今でもたまにあるので、合っていると言いきれませんが(笑)、踊りにおいてはよく合っていると思います。
涌田 これでも直せるように努力しているのですが、根本はなかなか変えられないんです。祥真さんが優しいので、合わせてくれて助かります。
池本 いえ、合わせているのではなく、最近はむしろ僕が美紀さんについていきます! と思いながら踊っています(笑)。
――「ドン・キホーテの夢」の見どころは?
涌田 まず、踊りの見せ場が縮小されていて、スピード感があるところでしょうか。幕間に20分間の休憩はありますが、それ以外はほとんど休む間もなく、踊っていきますから。
池本 体力的にはしんどいよね(笑)。
涌田 しんどい! しかも、バジルはヴァリエーションが2つですが、キトリは3つもあるので(笑)。
池本 しんどいなんて言ってすみません......。
涌田 あとは、サンチョ・パンサの語りも見どころのひとつですね。物語を知らない人でもストーリーを理解しやすい。
池本 子どもたちはもちろん、バレエを観たことがない人も楽しめるのがいいですよね。演技中は声を出してはいけないとか、知識がないと内容がわからないということはなく、気を張らないで観られますし。僕も何度か客席で観たことがあるのですが、思わず「おもろ!」と言いたくなったぐらい面白かったです。また、子ども向けではあるけれど、踊りの見せ場がたくさんあり、グラン・パ・ド・ドゥは全幕同様しっかりやるので、バレエをよく観られる方にも楽しんでいただけると思います。
「ドン・キホーテの夢」より photo: Hidemi Seto
――最後に、お互いにリクエストしたいことがあれば教えてください。
涌田 私は何回も確認をお願いしますって言っても、これからも嫌がらないで稽古に付き合ってください(笑)。
池本 わかりました。僕からは全然ないですよ。お辞儀はゆっくり、とか?(笑) 基本的に、もう美紀さんにはついてきます。
取材・文/鈴木啓子(ライター)
東京バレエ団子どものためのバレエ
「ドン・キホーテの夢」
8月26日(土) 11:30開演
めぐろパーシモンホール・大ホール
キトリ:涌田美紀
バジル:池本祥真
ロングインタビュー 2023/08/14
7月9日、ハンブルク・バレエ団による、第48回〈ニジンスキー・ガラ〉がハンブルク国立歌劇場で上演されました。同公演は、バレエ団が毎シーズン最後に開催している"ハンブルク・バレエ週間" (Ballet Tage)のダンス・フェスティバルのフィナーレを飾るイベント。今年は東京バレエ団が招待され、プリンシパルの柄本弾とファースト・ソリストの伝田陽美がモーリス・ベジャール振付の『バクチⅢ』を披露。大舞台に臨んだ二人が公演の様子を振り返ります。
――ジョン・ノイマイヤーさんから柄本さんに出演のオファーがあったそうですね。
柄本弾 今年3月にノイマイヤーさんが公演で来日したときに、バレエ団に「出演してもらいたい」と言ってくださったそうです。みんな最初は社交辞令だと思っていたようですが(笑)、話は立ち消えることなく、4月末に出演が決まりました。伝田さんが聞いたのはその1カ月あとぐらい?
伝田陽美 そうですね。私は『ジゼル』が終わった頃に言われました。7月のオーストラリア公演に向けて海外に荷物を発送した後で、必要なものをすべて送ってしまったかもしれない! と焦ったのでよく覚えています(笑)。
柄本 (斎藤)友佳理さんと作品を選んだあと、伝田さんとペアを組むことが決まったんですよね。誰が何を踊るのか、そもそも誰がゲストなのかもわからない状態で、作品選びが難航しまして......。素晴らしい舞台で踊らせていただくからには、個性を出せて、なおかつ長めの作品がいいのではないかという話になり、友佳理さんが伝田さんの『バクチⅢ』を高く評価されていたこともあって、『バクチⅢ』に決まりました。
――『バクチⅢ』では初共演ですね。
伝田 昨年7月に宮川(新大)さんと一度踊らせていただき、弾さんと踊るのは今回が初めてで。合わせ始めた頃は若干違うところもあったんですけど、とても上手にサポートしてくださったのですぐに慣れました。
柄本 僕も『バクチⅢ』は昨年初めて踊りました。パートナーの(上野)水香さんが過去に何回も踊られていたので、僕が水香さんの世界に入っていく感じで作っていったのですが、伝田さんと新大は互いに初めてで、イチから作るという過程を経ていた。同じ振付であっても、作り込んでいく工程が異なったり、ニュアンスが微妙に違ったりしたので、そのあたりを踏まえてすり合わせていきました。
ハンブルク・バレエ団第48回〈ニジンスキーガラ〉 「バクチⅢ」より
photo: Kiran West
――ハンブルクの舞台で踊られていかがでしたか。
伝田 実はゲネプロが終わったあと不安しか残らなくて......。日本では、場当たりをして、位置を確認して、照明チェックして、という工程があるのに対し、向こうはほぼ確認なしでいきなり「はい、どうぞ!」って。『バクチⅢ』の冒頭、舞台中央でペアで踊ったあと互いに左右に移動し、再び中央に戻ってくるという部分があるんですけど、東京バレエ団とはリノリウムの引き方が違ったり目印となるライトがなかったので、戻りながら「真ん中ってどこだっけ?」と位置がわからなくなって......(笑)。
柄本 そうそう(笑)。ほかにも戸惑うところがあり、ゲネプロはボロボロでした。本番当日も舞台上で確認する時間もなく、「とりあえずやるしかないよね」ってふたりで腹をくくって。でも、ゲネプロで失敗したぶん修正できたので、本番はそこまで悪い出来ではなかったと思います。もっといい踊りをお見せしたかったという思いはありますけど、お客さまが盛り上がってくださったのでよかったです。海外はノリがいいと言いますか、とにかく騒いでくれる(笑)。
伝田 「フォ~ッ!」っていう叫び声が飛び交う感じで、もはやブラボーなどの言葉ではなかったです(笑)。
柄本 以前、先輩方から「海外は観る文化が育っているからこそ、盛り上がるときはいいけど、ダメなときは拍手すらもらえないほどシビアに評価される」と聞いていたので、不安もあったのですが、喜びもひとしおでしたね。
ハンブルク・バレエ団第48回〈ニジンスキーガラ〉 「バクチⅢ」カーテンコールより
photo: Kiran West
――滞在中、特に印象深かったことは?
柄本 ゲネプロのあとにノイマイヤーさんが僕たちを『ゴースト・ライト』の公演と、コレクションハウスに招待してくださったことは忘れられない思い出です。膨大な数のコレクションを見せていただいたのですが、その中に佐々木(忠次)さんとのツーショットの写真が飾ってあって、とても感慨深いものがありました。
伝田 壁一面に日本関連の書籍などの資料や写真などが置かれていて、日本のことを本当によく研究されていらっしゃると思いました。
柄本 東京バレエ団の年史や桜沢エリカさんが描かれた佐々木さんの漫画など、東京バレエ団関連のものがたくさん置かれていて、それだけノイマイヤーさんと東京バレエ団の関係が深いということ、昔からの繋がりを大切にしてくださっていることを改めて実感することができました。
伝田 もうひとつ印象深かったことといえば、現地の人たちがとにかく親切だったことですね。私たち、英語を話せないので(笑)、いろいろ助けていただいて。ハンブルクの劇場内がものすごく広いうえにややこしいと聞いてはいたんですけど、想像以上にややこしくて。毎回近くにいる人にジェスチャーで「スタジオはどこですか?」と尋ねると、「カモン!」と言ってその場所まで連れて行ってくださったんです。しかも尋ねた人、全員が」。
柄本 ハンブルク・バレエ団の菅井円加さんや(加藤)あゆみちゃんも施設内を案内してくれたり、休み時間に観光案内までしてくれたりして、お世話になりっぱなしでした。バレエ関係者はもちろん、街の人も親切にしてくださり、みなさんの助けがなかったら僕らは何もすることができなかったですし、いいパフォーマンスにもつながらなかったので、ハンブルクのみなさんに心から感謝したいです。
ハンブルク・バレエ団第48回〈ニジンスキーガラ〉 カーテンコールより
photo: Kiran West
取材・文:鈴木啓子(ライター)
海外ツアーレポート 2023/07/25
VIDEO
7月22日最終公演のカーテンコール
オーストラリア、メルボルンのアーツ・センター州立劇場における東京バレエ団「ジゼル」全11回公演(7月14日~22日)は、既報の通り、初日から会場での喝采と現地メディアの絶賛評が続き、連日多くの観客が詰めかけましたが、最終日の7月22日昼・夜公演は完売の盛況。最後の夜公演では団員、スタッフ全員が舞台にあがってメルボルンのお客様に別れを告げ、大歓声のスタンディングオベーションを受けて幕を降ろしました。
そのオーストラリアのメディア評の抜粋をここにご紹介いたします。
マン・イン・チェア Man in Chair シモン・パリス 2023年7月15日
「精度と洗練はプレミアム級であった。東京バレエ団は、愛され続けるロマンティックの古典『ジゼル』で大歓迎のオーストラリア・デビューを飾った。
愛おしいほどに優しく、繊細なジゼルを演じた秋山瑛は、観る者をほれぼれさせる。愛されるキャラクターを巧みに表現しながら、超絶技巧の踊りを見せつけた。第1幕のヴァリエーションでの秋山のまばゆいばかりの演技は圧巻だ。表情豊かに踊る、非の打ちどころのない秋山の狂気のシーンは、可憐な乙女の悲劇の真に迫り、いっそう胸を引き裂かれる。(略)秋元はアルブレヒトのソロを最大限に活用し、彼の能力の深さをスリリングに披露する。キレのあるエレガントなアントルシャとパーカッシブなカブリオールが特徴的だ。秋山と秋元は、天にも昇るようなウィリに囲まれながら、繊細に調整された最後のパ・ド・ドゥで、愛の切なさと悲しみを引き出す。ソロも素晴らしいが、2人の共演は誠に素晴らしい。
東京バレエ団の初のオーストラリア公演は、地元のダンス愛好家にとって画期的な出来事だ。『ジゼル』のその豊かさに感嘆した後は、東京バレエ団が(そう遠くない将来に)再びオーストラリアを訪れることを願うばかりだ。」
≫https://simonparrismaninchair.com/2023/07/15/the-tokyo-ballet-giselle-review-melbourne/
クラシック・メルボルン CLASSIC MELBOURNE パリス・ウェイジズ 2023年7月15日
「オーストラリア初上陸の東京バレエ団が『ジゼル』を完璧に演じた。
傑出した主役たちもさることながら、『ジゼル』の真の主役は、第2幕の白い、長いチュチュに身を包んだ24人のダンサーで構成されるコール・ド・バレエだ。コール・ド・バレエはまるでアメーバのように動き、ダンサーたちは淀みない精確な演技でひとつの生命体として流れていく。 伝田陽美が完璧に踊るウィリの女王ミルタに導かれながら、コール・ド・バレエは一丸となり、生き、呼吸をする。彼女は巣を統率する女王蜂のように、完璧な統率力と精確さで動く。(略)その他、第1幕の農民のパ・ド・ユイットは圧巻。 特に男性ダンサーたちは、美しい技巧的な動きだけでなく、めったに観られないほどの素晴らしいユニゾンを披露する。 彼らとパートナーを組む4人の女性ダンサーも同様に絶妙で、息がぴたり合い、古典の型の絵画的な美しさというものを見せてくれた。
大げさなジェスチャーはさておき、『ジゼル』は、主役たちが完璧なダンスで描くロマンティックな愛を観るだけでも価値がある。 特に秋山のジゼルの表現は、バレエ団の揺るぎない緻密さと同様、並外れている。 このような水準の高い国際的なカンパニーを自国の劇場で鑑賞できる時代に感謝したい。国際的な芸術の交流は実に感動的だ。」
≫https://classicmelbourne.com.au/the-tokyo-ballet-giselle/
ディ・エイジ THE AGE アンドリュー・フルーマン 2023年7月15日
「悲嘆に暮れるジゼルの恋人を取り囲む、見事なユニゾンと軽やかな揺らぎを実現して、東京バレエ団の徹底した鍛錬の成果を発揮する。」
≫https://jaunbaba.com/romeo-and-juliet-by-bell-shakespeare-giselle-by-the-tokyo-ballet-away-at-theatre-works/?feed_id=25207&_unique_id=64b21a4da2e19
ザ・ブラーブ The Blurb アレックス・ファースト 2023年7月16日
「『ジゼル』の見どころは、何といってもコール・ド・バレエの精確さと技術だ。それを目撃できたことは、誠に幸運なことだ。東京バレエ団の細部へのこだわりは息をのむほどで、感情を揺さぶられる。」
≫https://theblurb.com.au/wp/giselle-the-tokyo-ballet-ballet-review/
ダンス・オーストラリア Dance Australia カレン・ヴァン・ウルゼン 2023年7月16日
「この夜、ジゼル役の秋山瑛は見事だった。表情豊かな顔立ち、軽やかなジャンプ、重力をものともしないハイ・エクステンション、安定した美しいパンシェ、亡霊のような腕。彼女は、第1幕では子供のように疑うことを知らず、第2幕では温かく寛容だった。
ボリショイで訓練された秋元康臣は、あらゆる点で彼女にふさわしかった。ダブル・カブリオール、アントルシャ・シスなど、技術的な要求を鮮やかに軽々とこなした。秋元のジャンプはとても軽くて柔らかく、時にはパートナーよりも宙に浮いているようにさえ見えた。パ・ド・ドゥのトレードマークである長いリフトのタイミングは完璧で、秋山はまさに上空に浮いているかのようだった。秋山が持ち上げられ、揺さぶられ、地上に降ろされるまでの間、彼女の重力も、お互いのストレスも一切感じられないのだ。二人の創り出す静寂に、観客全員が息をのんだ。
冷酷なウィリの女王役の伝田陽美は、百合の花を槍のように振り回しながら、まるで氷上を滑っているかように板を駆け抜け、その脚は、余りの速さにかすんで見えるほどだ。彼女の冷たさは、ジゼルの穏やかな性格と効果的なコントラストをなした。コール・ド・バレエは ― バレエの成功には絶対に欠かせない ― 完璧だった。 無表情で容赦なく、ときに微動だにせぬ精確なラインを作り、ときに風に吹かれる霧のように渦を巻いてうねりながら、冷徹にヒラリオン(岡崎隼也)を死に追いやった。しかもその間ずっと、彼女たちのポワントは全く無音のままに。そしてこのバレエ特有の、肩と首の垂れたラインを完璧にとらえ、悲しみを背負ったようにわずかに前傾している。冷たい照明に逆光で照らされると、透けるような衣装の彼女たちは、透明に見えるほどだ。この物語が生まれた霧に包まれた世界は、夜の光は月だけで、鐘の音でしか時間を知ることができず、森の暗がりには恐ろしいものが隠れている、そんな世界が容易に想像できた。」
≫https://www.danceaustralia.com.au/reviews/review-tokyo-ballet-s-giselle
アーツ・ハブ ARTS hub サバンナ・インディゴ 2023年7月17日
≫https://www.artshub.com.au/news/reviews/ballet-review-giselle-arts-centre-melbourne-2648999/
オーストラリアン・ステージ AUSTRALIAN STAGE ステファニー・グリックマン 2023年7月19日
≫https://www.australianstage.com.au/2023/07/19/reviews/melbourne/giselle-%7C-the-tokyo-ballet.html
7月22日最終公演のカーテンコール photo: Ayano Tomozawa
海外ツアーレポート 2023/07/19
東京バレエ団はオーストラリア・バレエ団の招聘、文化庁文化芸術振興費補助金(国際芸術交流支援事業)の助成を受けて、ただいま〈第35次海外公演─オーストラリア〉のためメルボルンに滞在中です。この7月14日(金)にメルボルン・アーツ・センター州立劇場で今回の演目「ジゼル」が開幕し、観客およびメディアから絶賛を博する成功を収めました。公演初日までのツアーの様子をご報告します。
7/15夜公演のカーテンコールより photo: Ayano Tomozawa
7月9日(日)、団員70名に芸術スタッフ、舞台スタッフを加えた総勢100名が日本を出発し、翌日にメルボルン入り。南半球のオーストラリアはこれから冬に差し掛かる季節ですが、晴天が続いて過ごしやすく、ダンサーたちは体調を崩すこともなく調整にかかることができました。
到着直後のメルボルンでの練習は、オーストラリア・バレエ・センターのスタジオを使用。翌日には二つ のカンパニーによる合同クラスと交流会が行われ、オーストラリア・バレエ団芸術監督のデヴィッド・ホ ールバーグから「私がよく知る東京バレエ団が、オーストラリアの観客から温かく受け入れられることを 確信している。言葉を介さないバレエという芸術をもって美しい瞬間を共有できることを嬉しく思う」と いうスピーチがありました。
今回の東京バレエ団による「ジゼル」11公演は、オーストラリア・バレエ団創立60周年記念シーズンの一翼を担うプログラムです。公演会場である州立劇場は1878席を擁し、バレエ公演の平均販売率は75パーセントほどで、その半数以上を劇場の年間定期会員が占めるとのこと。オーストラリア・バレエ団の世界的な実力は過去6回の来日公演(最後は2010年)でも知られるところですが、彼らの舞台を見続けている観客にとって州立劇場はバレエ鑑賞の「ホーム」にして、世界的なバレエ団がたびたび招聘されていることから「世界クラスの舞台芸術を体験できる場」であり、また古典の名作「ジゼル」も彼らにとって馴染み深い演目だということです。
7/14公演 第1幕より photo: Kate Longley
東京バレエ団が上演する「ジゼル」は、創立まもない1966年にボリショイ・バレエ団から指導者を招聘して伝えてもらったレオニード・ラヴロフスキー版で、現在の美術はニコラ・ブノワによるもの。現芸術監督斎藤友佳理の現役時代の十八番でもあり、主役からコール・ド・バレエに至るまでこだわり抜いたその指導の成果は、本ツアーに先立つ5月の東京公演でも高い評価を得ています。
その「ジゼル」全2幕が、前日の公開舞台稽古を経た7月14日(金)、客席をほぼ埋め尽くした観客の前で幕を開けました。初日の主演は秋山瑛(ジゼル)、秋元康臣(アルブレヒト)、伝田陽美(ミルタ)。演奏はベンジャミン・ポープ指揮によるヴィクトリア管弦楽団。この公演のため、首都キャンベラより鈴木量博日本国大使、在メルボルン日本国総領事の島田順二氏ご夫妻が来臨され、また芸術監督のホールバーグ氏、エグゼクティブ・ディレクターのリサ・トゥーミー氏を始めとするオーストラリア・バレエ団の人々、そして多くのメディア関係者、評論家が注目するなかで舞台が始まりました。
7/14公演 第2幕より photo: Kate Longley
第1幕のジゼルとアルブレヒトの"花占い"の場面で笑いが起こるなど、観客の反応は日本に比べて素直で大らかながら、進行するにつれ強い集中力をもって物語への共感が深まっていくのを感じさせました。ことに第2幕に入ると、ウィリたちの群舞に、そして主役やソリストが踊り終えるたびに拍手が起こるほど会場の空気は熱を帯び、最後は大歓声のカーテンコールで終了。終演後のロビーでは、舞台装置や照明の美しさに加えて、ダンサーたちの訓練の行き届いた質の高さを絶賛する声に溢れました。
初日が明けると早速メディアの公演評が掲載され、「東京バレエ団はオーストラリア・デビュー公演で、その卓越した技術力と芸術性、細部へのこだわりを見せつけて観客を大いに魅了した 」(Australian Arts Review)、「東京バレエ団の細部へのこだわりは息をのむほどで、感情を揺さぶられる 」(The Blurb )、「26人のダンサーによる群舞は、見事なユニゾンと軽やかな揺らぎを実現して、東京バレエ団の徹底した稽古
の成果を発揮する 」(Jaun Baba News) 、「東京バレエ団の初のオーストラリア・シーズンは、地元のダンス愛好家にとって画期的な出来事。東京バレエ団がそう遠くない将来に再びオーストラリアを訪れることを願う 」(Man in Chair)、「このようなレベルの高い国際的なカンパニーを自国の劇場で鑑賞できる時代に感謝したい 。国際的な芸術の交流は実に感動的だ 」(Classic Melbourne) といった絶賛の評が次々と並びました。
7/14公演カーテンコールより photo: Ayano Tomozawa
初日を終えて、東京バレエ団芸術監督の斎藤友佳理は「オーストラリア・バレエ団、メルボルン州立劇場の皆さまに、とても温かくお迎えいただいています。バレエを通じてお互いがわかりあえ、何一つ不安がない状態で初日を迎えられるというのは、なかなかないことです。素晴らしいおもてなしを受けていると肌で感じていますし、これにお返しできるのは良い舞台をお見せすることだけ。そういう気持ちで臨んでほしいとダンサーたちにも伝えました。初日を終え、観客の皆様の反応が本当にストレートで、主役、ソリスト、コール・ド・バレエの分け隔てなく、すべてのダンサーに惜しみない拍手をいただきました。舞台を通じ、心と心の触れ合いがあったと確かに感じています。コロナ禍以降はじめての海外公演で、お客様からの大きな声援、マスクなしの晴れやかな表情を見ることができ、本当に晴れやかな気持ちです。まるで今までの長い苦しみが終わった象徴のような公演となり、私も感動しました」と話しています。またデヴィッド・ホールバーグは「東京バレエ団『ジゼル』のオーストラリア・デビュー公演は、メルボルンで大成功を収めました。東京バレエ団の非の打ちどころのない正確さと完璧なストーリーテリングに観客が魅了されたのは明らかです。東京バレエ団をオーストラリアにお迎えできたことを光栄に思いますし、彼らの芸術性で観客を感動させてくれたことに感謝しています」と語りました。
初日公演後のレセプションより スピーチをするホールバーグ氏
(左)デヴィッド・ホールバーグと斎藤友佳理 (右)鈴木量博大使と斎藤友佳理
photos: Ayano Tomozawa
東京バレエ団の「ジゼル」メルボルン公演は、秋山瑛-秋元康臣に加えて、二つの別キャスト(足立真里亜-宮川新大、中島映理子-柄本弾)を含めた全3キャストで7月22 日(土)まで続きます。
このツアーが終わった時点で、東京バレエ団の海外公演は33か国156都市、通算786回 の記録を達成することになります。
〇関連情報
2023/04/11
ロマンティック・バレエの名作「ラ・シルフィード」の蘇演などで著名なフランスの振付家、ピエール・ラコット氏が4月10日に逝去しました。享年91歳。
東京バレエ団は「ラ・シルフィード」や「ドナウの娘」の上演を通してラコット氏と長年親交があり、とくに前者はバレエ団の欠くべからぬレパートリーとなっています。一同、ラコット氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
photo: Arnold Groeschel
ピエール・ラコット氏は1932年生まれ。パリ・オペラ座バレエ学校を経て同バレエ団に在籍し、のちにモンテカルロ・バレエ団、ナンシー・バレエ団他の芸術監督を務めました。彼の名前をことに高めたのは、舞踊史に名高い19世紀のフィリッポ・タリオーニ振付「ラ・シルフィード」の蘇演でした。ラコット氏はこれを膨大な資料を掘り起こして研究し、1972年テレビ映画として発表したのちパリ・オペラ座バレエ団で上演。同作はパリ・オペラ座にレパートリー入りしました。フランスの古典バレエに通暁していたラコット氏は、その後も「ドナウの娘」「マルコ・スパーダ」、プティパの「ファラオの娘」「パキータ」など19世紀の多くのバレエの蘇演を手掛けました。2021年、パリ・オペラ座バレエ団で初演した文豪スタンダール原作の「赤と黒」が最後の作品となりました。
東京バレエ団がラコット氏を招いて「ラ・シルフィード」をバレエ団初演したのは1984年のことで、蘇演に主演したギレーヌ・テスマーとミカエル・ドナールが客演しました。その後、1989年の第11次海外公演(ベルリン・ドイツ・オペラ、ウィーン国立歌劇場他)、1992年の第13次海外公演(ロシアのボリショイ劇場、マリインスキー劇場、現ウクライナのシェフチェンコ劇場)など海外ツアーでも披露し、現芸術監督の斎藤友佳理が「日本のマリー・タリオーニ」と絶賛を浴びる成功を収めて、本作は東京バレエ団にとって重要なレパートリーとなっていきました。東京バレエ団は2006年には、同じくタリオーニが娘マリーのために創作しラコット氏が蘇らせた「ドナウの娘」も上演しています。
また2011年、ラコット氏がモスクワ音楽劇場バレエで「ラ・シルフィード」を上演する際には、斎藤友佳理がアシスタントを務めてバレエ指導者としてのキャリアをスタートさせました。ラコット氏のそばでその指導に触れた斎藤は、そのときの経験をもとに自作の舞踊譜を作成して今も東京バレエ団での上演に活かしています。氏の遺してくれた伝統は東京バレエ団に受け継がれているのです。
「ラ・シルフィード」リハーサル 1984
「ドナウの娘」リハーサル 2005 photo: Kiyonori Hasegawa
「ドナウの娘」衣裳合わせ 2006
ピエール・ラコット氏と斎藤友佳理
レポート 2023/03/29
東京バレエ団が、コロナ禍で中断していた〈Choreographic Project〉のスタジオ・パフォーマンスを復活させた。「ダンサーたちが自ら創作に取り組むことで、振付者・出演者双方の創造力・表現力を刺激し、アーティストとしてのモチベーションを高めてもらいたい」と斎藤友佳理芸術監督が発案、2017年にスタートした本プロジェクトは、東京バレエ団スタジオでのパフォーマンスから始まり、手作り感あふれる公演が名物に。3年ぶりに実現するスタジオ・パフォーマンスに立ち会いたいと、東京バレエ団友の会クラブ・アッサンブレの会員を中心とした多くの観客が集った。
スタジオに入っていくと、観客を席へと案内するダンサーたちの姿。お馴染みの光景だけれど、さらに今年は開演前のアナウンスの場面でもダンサーたちが登場、携帯電話の電源オフや飲食禁止などの注意事項をユーモアにあふれた動きで伝え、客席は一気に和やかなムードに。これは司会を務めた岡崎隼也の提案だそう。初年度から本プロジェクトに積極的に取り組んできた彼ならではのアイデアだ。
その後最初に上演されたのは、岡崎による『運命より』。岡崎は2020年のスタジオ・パフォーマンスでメリメの「カルメン」を原作とした『運命』抜粋版を発表、いずれ1時間ほどの大きな作品に仕上げたいと考えているが、今回は限られた上演時間でできることを、と前回取り上げなかった場面をコラージュし、ダンサーたちの身体表現、その生き生きとした姿を前面に打ち出すことに注力した。カルメン役の伝田陽美と、ホセ役の柄本弾(3月19日のみ)、また秋山瑛、政本絵美、平木菜子、中沢恵理子、安西くるみ、樋口祐輝、井福俊太郎、岡﨑司、また学者役の鳥海創らダンサーたちが、岡崎の複雑な振付に全力で取り組み、迫力あるパフォーマンスに。全編上演をどのように構想しているのか、興味をそそる。
「運命より」振付: 岡崎 隼也(photo: Koujiro Yoshikawa)
2番目の作品は、やはり常連として本プロジェクトをリードするブラウリオ・アルバレスの『アツモリ』。平家物語の、若くして戦で命を落とした平敦盛の物語に着想したデュエットだ。アツモリ役の南江祐生、彼が愛用していたという笛・小枝を演じる長谷川琴音が、石井眞木による和の旋律に真摯に向き合い、死後の世界を表現。上演後のトークでアルバレスは、「彼は戦争に関わり、地獄に落ちなければならなかった。それがすごく悲しかった。死についての、これは僕なりの一つの答え」と思い入れたっぷりに語っていた。
「アツモリ」振付: ブラウリオ・アルバレス (photo: Koujiro Yoshikawa)
3番目の作品は、振付初挑戦の加藤くるみによる『What a Wonderful World』。ルイ・アームストロングの名曲のカヴァー曲に出会い、「この音楽で振付けたい」と出品を決意。振付の過程で、この曲のハッピーな歌詞に込められた意味をしっかりと肌で感じ、「この歌詞のように、毎日幸せと感じられない時もあり、日々悩んだり、考えたりして生きているということをテーマにした」という。加藤のテーマと、生方隆之介、岡﨑 司、加古貴也、前川琴音、鈴木香厘ら若手を中心とした5人のメンバーたちの、ダンサーとして過ごす日々が重なり合って見えたことも魅力に。アフタートークでは「今後も作品を作ってみたい」と、意欲的だ。
「What a Wonderful World」振付: 加藤 くるみ(photo: Koujiro Yoshikawa)
バレエ・スタッフの木村和夫も毎回作品を出品しているが、今回は男性二人のデュエット作品で挑戦。タイトルは『fruits of wisdom』。「人同士の好きと嫌いの感情は、実は近いものがあったり、憧れの裏返しだったりするけれど、それがパン!と反転したとき、磁石のように結びつく。そんな瞬間を稽古場の中に表現したかった」という言葉通り、品行方正なバレエ・ダンサー役の大塚卓と、やんちゃな雰囲気の樋口祐輝が警戒しながらも、徐々に近づき、ついには響き合う様子を、リアルな演技で表現。通常の公演では見ることのできない、二人の隠れた個性が活きたパフォーマンスに。
「fruits of wisdom」振付: 木村 和夫(photo: Koujiro Yoshikawa)
続いては、岡崎隼也のもう1つの作品、『cube』。岡崎が好きだというアーティストの新譜と、その楽曲が挿入曲として使われた映画「ノマドランド」にインスパイアされて創作した女性3人の作品。筋書きのない小品ではあるけれど、加藤くるみ、富田翔子、相澤圭の各々のダンスが、力強く、かつ繊細に立ち上がり、演者3人が岡崎の振付を介して自分を表現しようする姿勢が、清々しい印象を残す。
「cube」振付: 岡崎 隼也(photo: Koujiro Yoshikawa)
最後の作品は、今回も2作品を出品したブラウリオ・アルバレスによる『OMIAI』。日本の文学に興味を持ち、さまざまな作家の小説を読んできたというアルバレスが、谷崎潤一郎「細雪」のお見合いのエピソードをコメディ・タッチにバレエ化した。その根底には、古めかしいお見合いのシステムに対する驚きや、そこに生きる家族のドラマを生き生きと描き出そうとする意欲が透けて見える。秋山瑛演じる次女、彼女のお見合いを取り仕切る"知己の美容師"役の伝田陽美、お見合い相手の裕福な家の息子・大塚卓らのやりとりに、奔放な三女・瓜生遥花が絡む様子が何とも可笑しい。これも全幕としてしっかり作り込んだ舞台で観てみたい作品の一つに。出演はほかに政本絵美、平木菜子、生方隆之介、安村圭太、玉川貴博、鳥海創、山下湧吾。
「OMIAI」振付: ブラウリオ・アルバレス(photo: Koujiro Yoshikawa)
全6作品の上演のあとは4人の振付者によるアフタートークも実施。それぞれが作品にこめた思いを語るだけなく、観客からの質問にも応じ、ファンにとってはダンサーとの貴重な交流の場に。創作期間中にはハンブルク・バレエ団日本公演で来日していたジョン・ノイマイヤーのアドバイスを受けたというが、2月に上演したキリアン振付『小さな死』で指導を務めた中村恩恵からも貴重な意見をもらい、参加者それぞれにとって意義深い時間となったはず。来年度はダンサー主体のクラウドファンディングも予定されているというが、ますますの発展が期待される本プロジェクトに、これからも注目してきたい。
3/18(土)終演後 アフタートークの様子(photo: Koujiro Yoshikawa)
(取材・文)加藤智子
レポート 2023/01/01
新年あけましておめでとうございます。
昨年も大勢のお客様に支えられ、2022年は約70回の公演を実施することができました。劇場にお越しくださり、熱い拍手を贈ってくださった全ての皆様、ご支援くださった皆様にダンサー、スタッフ一同、心より御礼申し上げます。
2023年の年明けに、ダンサーたちから新年のご挨拶を申し上げます。毎年「クラブ・アッサンブレ」の会員様には、ダンサーの直筆サイン入りの年賀状をお送りしております。下記にて今回のサインを一挙公開いたします。どのダンサーからの年賀状か、楽しみにご覧ください。
本年4月と10月には、振付家、金森穣が手掛ける、日本発のグランド・バレエ「かぐや姫」第2幕と全幕の世界初演、11月には昨年公演延期となっていた、新制作「眠れる森の美女」など見応えのある充実したラインナップをご用意しております。また夏には4年ぶりとなる海外公演の実施も予定しております。本年も、東京バレエ団に引き続きあたたかいご声援賜りますようお願い申し上げます。
末筆ではございますが、皆様にとって2023年が良い年となりますよう、一同心よりお祈り申し上げます。
東京バレエ団一同
■芸術監督、バレエミストレス、バレエスタッフ
■プリンシパル
■ファーストソリスト
■ソリスト
■セカンドソリスト
■ファーストアーティスト
■アーティスト
2022/10/05
開幕が迫る東京バレエ団マカロワ版「ラ・バヤデール」。その中で2分強という短い時間ながら大きなインパクトを与えるブロンズ像。注目されている方も多いのではないでしょうか? 今回はブロンズ像を演じる3キャストの鼎談をお届けいたします!
左から:井福 俊太郎、池本 祥真、生方 隆之介
──池本さん、井福さんのお二人はすでにブロンズ像を踊ったことがあるそうですね。
池本祥真 入団前に別のカンパニーで経験していましたが、東京バレエ団のマカロワ版は2018年のオマーン公演で踊ったのが初めてでした。
井福俊太郎 僕もオマーンで初めて踊りました。会場がすごく盛り上がっていたのをよく覚えています。現地のお客さまは『ラ・バヤデール』を初めてご覧になったそうで、全身金色で登場しただけで客席から大きな反応が! あの衣裳に助けられました(笑)。今回は実力でお客さまから拍手をもらいたいです。
生方隆之介 僕は今回が初めての挑戦、初めての役なので不安を抱えつつです──。とても長いヴァリエーションですし、手の形をはじめ、絶対に崩せない決まりごとが多い。『ドン・キホーテ』のバジルとか『コッペリア』のフランツのような人間らしさがない点も独特だし、長いだけに、ペース配分を考えなければ途中で崩壊してしまう。リハーサルに取り組む中で、いろいろとわかってきました。
今年4月にクランコ版『ロミオとジュリエット』のマキューシオを踊らせてもらったのですが、たとえば最初にいきなりジャンプがあるとか、一旦はけることはあっても相当長い間踊り続けながら、見せ場となるテクニックも盛り込まれている。本当に難しいなと感じながら取り組みました。でも、その経験があったからこそ、今回の役柄も乗り切ることができるのではと思っているところです。
──今回はアメリカン・バレエ・シアターのスターとして活躍したフリオ・ボッカさんが指導にいらっしゃいましたが、リハーサルの雰囲気はいかがでしたか。
池本 海外から振付指導の方に来ていただく機会はたびたびありますが、皆さん、その「作品」のことを指導するためにいらしているので、僕ら個々のダンサーたちのテクニックについて踏み込んで指導していただくチャンスはなかなかありません。でもボッカさんはテクニックについてより具体的なアドバイスをくださることが多かったですよね。
生方 それがしっくりこなければ自分たちのやり方を探せばいい、とも。ダンサーの気持ちに寄り添ってくれるので、とても嬉しく思いました。僕の場合ブロンズは全く初めてですから、とにかく、フリオさんのアドバイスに向き合いつつ、先輩方の踊りを見て、自分なりに見つけていこうと、練習を重ねています。
井福 フリオさんはソロルを踊る前にブロンズ像も経験されていたそうで、上体の表現についてはとても細かくアドバイスをいただきました。肩、肘、手首、それから胸。もうちょっとこうすると美しく見えるよ、と。
池本 ロシアで上演されているヴァージョンでは、ブロンズ像はソロルとガムザッティの婚約式の余興の一つとして出てくることが多いと思いますが、マカロワ版では第3幕の冒頭に、神として登場する。そこが難しいところです。
──人間を演じるように自由ではないということでしょうか。
池本 『ドン・キホーテ』のバジルを快活でかっこいい青年として演じたいのなら、そのためのテクニックを入れて見せることを考えます。王子の場合は、気品を醸し出すためにどんなところを強調すべきか考えることもできます。でも、ブロンズ像は形が完全に決まっていて、僕だったらここでもっと脚を上げたほうが見栄えがいいなと思っていたとしても、それはできないんです。
井福 僕たち踊る側にとっては縛りの多い踊りではあるけれど、舞台では、それぞれに違ったものが見えてくるかもしれません。
生方 機械的に踊ってしまうのは違うのかなと思いますが、ロボットではないですから。
──また、全身金色の塗料というユニークな装いには独特の苦労があるのではないかと想像されます。
井福 オマーン公演では女性も男性も肌を見せてはいけなかったので、僕も金色の衣裳を着て踊りました。だから僕は塗料を塗る通常版のブロンズは未経験です。
池本 塗料は手にも塗るので、何も触ることができないし、座ることもできない。気を遣います。水分を取るときは飲み物を固定して手放しでストロー(笑)。バレエ団によって微妙に色味や質感が違っているのも面白く、東京バレエ団は、インテリアの装飾にあるようなブロンズに近いけれど、ロシアはもっと黄色い塗料をベッタリと塗るのが主流かと思います。
ちなみに東京バレエ団の『ラ・バヤデール』の衣裳は、ヨランダ・ソナベントさんのデザインでスカラ座の製作。本当にきれいですよね。
井福 重厚感のある音楽もいいなと思います。音楽が古代インドのあの世界へと皆をいざなってくれる。
生方 2015年にコジョカルとシクリャローフが客演した時に客席で観ていたのですが、第2幕「影の王国」のコール・ド・バレエへの拍手が鳴り止まなくて、僕も感動してずっと拍手していたのを覚えています。コール・ドだけでなくヴァリエーションもそれぞれに素晴らしい。
池本 ロシアで多いのは、「影の王国」で終わるヴァージョン。最後は主役の踊りで大いに盛り上がりますが、マカロワ版は3幕があって、ドラマをしっかり描き出すことで、より感動的な舞台になる。世界中で人気を得ているこのヴァージョンを踊ることができるのはダンサー冥利に尽きるし、僕や俊太郎のように小柄なダンサーにとってこの役は避けては通れない道かなとも。
井福 長い間、踊り注がれてきた役柄を踊ることができるのは本当に光栄なこと。多くのお客さまが歴代の名ダンサーたちの踊りを動画で見てご存じなのは少し恐ろしいけれど(笑)、喜びを噛み締めながら踊りたいです。
池本 これがなくてもストーリーは成立する踊りだからこそ、自分が踊ることで何か意味を持たせることができればと思っています。
(取材・文)加藤智子
東京バレエ団「ラ・バヤデール」
★10月12日(水)
◆10月13日(木)
◇10月14日(金)
◆10月15日(土)
★10月16日(日)
ブロンズキャスト出演日
★・・・池本 祥真 ◇・・・井福 俊太郎 ◆・・・生方 隆之介
最後にブロンズ像の特徴的なポーズで1枚。皆様のご来場をおまちしております!
ロングインタビュー 2022/09/27
現在、10月の「ラ・バヤデール」公演に向けてリハーサル中の東京バレエ団。その指導を手がけているのは、フリオ・ボッカ──1987 年から2006年までアメリカン・バレエ・シアター(ABT)のプリンシパルとして華々しく活躍したスターダンサーだ。現在、フリーランスで世界各地のカンパニーで指導を手掛ける彼に話を聞いた。
── 日本に来られるのは久しぶりですか。
フリオ・ボッカ 2005年、ABTの日本公演で主演した、私の"最後の『ドン・キホーテ』"以来です。あの公演はとても感動的でした。
── 今回指導されているマカロワ版『ラ・バヤデール』のソロルは、ボッカさんの代表的レパートリーの一つです。初めて踊られたのはいつのことでしたか。
ボッカ 私がABTに入った1987/88年のシーズンでした。最初に踊ったのはブロンズ・アイドル(ブロンズ像)だったのですが、その舞台を観たマカロワが翌日、私の役をソロルに変更するようにと言ったのです。その後、英国ロイヤル・バレエ団、ミラノ・スカラ座などでもソロルを踊っています。マリインスキー劇場のヴァージョンも踊ったことがありますが、マカロワ版はストーリーがより明快ですし、第3幕で描かれる神殿の場面、そこにブロンズ・アイドルが登場するなど独特です。ヒロインのニキヤはとても自由な役柄であるいっぽうで、技術的にはとてもピュア、これぞまさにクラシックというべきものです。最高傑作の一つといえます。
──世界各地で様々なパートナーと踊ってこられました。
ボッカ パートナーはたくさんいます! アレッサンドラ・フェリ、シンシア・ハーヴェイ、ジュリー・ケント、ニーナ・アナニアシヴィリ、ヴィヴィアナ・デュランテ、ダーシー・バッセル......。アルティナイ(・アスィルムラートワ)とも踊っています。
この役を踊ることが好きでした。私はとにかく、謙虚に踊ろうとしました。ソロルは貴族だけれど、悪人ではない。強いし、教養もある。第1幕のパ・ド・ドゥは心のこもった感動的な踊りですし、2幕では自分の行いを悔いるとともに、雲の中を歩くような夢心地でもある。その落差を表現することはなかなか難しいものです。
──マカロワさんはどんなリハーサルをされていたのですか。
ボッカ そんな昔のことはもう忘れてしまいました(笑)! でも、こんなことがあったのを覚えています──ある日のリハーサルで、私は場当たりができればと、ごく軽く、適当に流して踊っていたんです。そこへやって来たマカロワが、「あなた、何をしているの?」と聞くので、「もう何度も踊っていてわかっている役なので、場当たりを......」ともじもじしていると、彼女は「それはいけません」と静かに言い、私の頭の上からコップの水をかけたのです! 私は濡れたまま、静かにその場を出て行きました──。でも本当は、マカロワは優しい人なんですよね。いい思い出です。それ以来、私はどんなリハーサルでも、力を尽くして踊るようにしてきました。
──今回の指導について、マカロワさんからは何か指示がありましたか。
ボッカ ナターシャ(ナタリアの愛称)とはよく一緒に仕事をしていたので、何を望んでいるのかはよくわかっていますが、今回の東京バレエ団の指導にあたっては、2019年収録の英国ロイヤル・バレエ団による舞台映像を見ておくようにと言われました。映像を確認すると、細かい点ですが、第1幕の幕切れ、ニキヤの死の場面に少し変更があります。こうした変更はダンサーにとっても新鮮ですし、私はいいなと思っているんです。
──東京バレエ団のダンサーたちのスタジオでの反応はいかがですか。
ボッカ 皆若くて、才能あるダンサーたちです。私のことを誰だか知らない人もたくさんいるけれど(笑)、彼らが知らない誰かの話を聞いてくれるのはとても嬉しいこと。大事なのは、それぞれの役で、どうすれば「自然」になれるかということです。私たちは、スタジオやバレエ団にいるとつい、「ダンサーになろう」としてしまう。「人間である」ことを忘れて。でも私たちは、「ダンサーとして、役を演じる人間」なのです。
とにかく、ダンサーたちには「自然に踊るように」と言います。「自分らしくありなさい(be yourself)」と。つまり、ダンサーごとに違うニキヤやソロルを見たいのです。そのためには、ダンサーたちがそれぞれの内面を外に向かって表現しなくてはならないと思っています。
私がすべきことはもう一つ、それぞれのダンサーが自分の個性を見つけるための手助けです。ですが、ダンサー自身が望まない限り、個性を見つけ出すことは絶対にできません。それは、ダンサー自身の独自の仕事でもあるのです。今回、東京バレエ団のダンサーたちにもそのような手助けができると思っています。
Photos:Shoko Matsuhashi
取材・文:加藤智子(フリーライター)
東京バレエ団「ラ・バヤデール」
10月12日(水)~16日(日)